今日の約束、明日の誓い

「ん〜〜〜〜〜♪」


「あの、マキちゃん、私洗い物しないと……」


「や。だめ」


 二語三文字で否定される。


 二人で夕食を摂ったあと、使った食器を流しに片付けて振り返ると、ソファに移動したマキちゃんが自分の隣をぽふぽふ叩いてアピールしていたので「どうしたの」と近寄ったらそのまま引っ張り倒された。


 バランスを崩した私がマキちゃんを押し倒すみたいな姿勢になって慌てて退こうとしたら「んー! そのまま!」と怒られた。


 で、かれこれ十分ほど。私の胸元にすりすりと顔を埋めたまま、マキちゃんは時折「ふへぇ」「いへへ」と緩みきった笑みをこぼすだけで、何をするでも何を言うでもなくそのままだった。

 私は私でなんとなくマキちゃんの頭をぽんぽんしたり、背中をさすさすしたりしていたのだけど――あの、ごめん、正直ムラムラするのでそろそろ解放していただけませんでしょうか……。


「ま、マキちゃん? マキちゃんもそろそろ帰る準備しないとじゃない? 明日も学校でしょ」


「や」


「や、じゃなくて……」


 綾女さんには事前に電話を入れてあるが、夕飯のあとで送っていきますと言ってある。時刻はそろそろ八時を回ろうとしていて、親御さんの許可を得ているにしてもそろそろギリギリの時間だ。九時前には、マキちゃんを家まで送り届け無くてはならない。


「だって……」


 ぎゅ、と私のシャツの胸元が握られる。私の胸の中で、マキちゃんが拗ねたようにソファのクッションの模様を睨みながら呟く。


「帰っちゃったら、こんどいつ会えるかわかんない……」


「あーもう」


「うぎゅ」


 ぎゅううううっとマキちゃんを強く抱きしめた。「んんー!」とマキちゃんがもぞもぞ動くのも構わず、可愛いつむじに何度もキスをする。抵抗するマキちゃんをパッと解放すると「ぷは」と息を吸ったマキちゃんは息苦しさからか、それ以外の理由でか真っ赤になった顔をぷーっと膨らませた。


「靜さんだけするのずるい! ちゃんと、見えるようにして」


「じゃあ、こっち?」


 ちゅ、と唇を重ねて、離れ際にぺろりと舐める。マキちゃんは「ひゃっ」と声を漏らしたあとで「うー」と恨みがましい視線を向けてくる。


「もっかいしようか?」


「する」


 私にいいようにされてばかりなのが不満なのか口をとがらせたままだったけれど、返事は早かった。もう一度キスしようとした私に先んじて、マキちゃんの小さな唇が私の口をふさぐ。仕返し、とばかりにぺろっと舐められて、マキちゃんも得意げに笑った。


「かわいい」


「……むー、靜さんのいじわる」


「そんなことないよ。私、今まで我慢してた分マキちゃんにいっぱい優しくしたいんだから」


「じゃあ、もっと一緒にいて」


「今度ね。今日はマキちゃん帰らなくちゃ。ほら、準備して」


 促して私の方から身を引いて立ち上がると、ソファの上で身を起こしたマキちゃんが立ち上がろうかどうしようかという風に後ろ手で身体を支えながら足をぶらぶらさせる。


「靜さん、わたしと一緒にいたくないの?」


「これからもずっと一緒にいたいから、綾女さんとの約束も守らなくっちゃでしょ?」


「……うー」


 マキちゃんは賢い子だし、基本的に素直で聞き分けもいい。だから私の言っていることは十分わかっているのだろう。わかった上で、それでも寂しいと駄々をこねている。そうしてくれるほど、私を遠慮ない相手と思ってくれるのが嬉しくて、だけど「次にいつ会えるか」なんて言わせてしまう今までの私が歯がゆくて、泣きたくもなる。


 過ぎてしまったことはどうしようもないけれど、それならせめてこれからで応えたい。


 マキちゃんに寂しい思いをさせてしまったのは、私にまだ迷う気持ちがあったから。マキちゃんの恋人として、私がまだ未熟だったから。


 でも、もう迷わないと決めたんだ。だったら私のしたいこと、恋人としてマキちゃんにしてあげたいこと、それから――して欲しいことも、言おうと思う。


「ね、マキちゃん」


「…………」


 ぷくっと可愛いふくれっ面で、マキちゃんは私から顔を背けたまま目線だけこちらに向けてくる。


「今週末、お泊りしよっか」


「するっ!」


 ソファから飛び出すようにして私に突っ込んできたマキちゃんを抱きとめる。


「わ、っと」


「する!」


「あはは、わかったってば。じゃ、今からお家で綾女さんにお泊りの許可もらわないとね」


「うん!」


 さっきまでの不満げな様子はどこへやら。ウキウキと帰り支度を始めるマキちゃんをかわいいなぁと見つめる私の顔は、多分とんでもなくだらしない感じになっているに違いない。


 でも、私達は恋人同士なのだ。


 年の差があって、社会的には難しい問題も、多分これからたくさんある。だけど私とマキちゃんがお互いに大好きで、いつだって一緒にいたい気持ちに嘘なんて無い。そのことはもう、疑いようがないくらい確かめ合った。


 だから私たちは対等な恋人として、私の方が大人だからしっかりしなくちゃとか、マキちゃんの方が子供だからお世話しなくちゃとか、そんな感覚はもういらないんだ。


 私がマキちゃんと一緒にいたいからお泊りに誘う。これはそれだけの話で、それだけだからこそだらしなく顔が緩むくらい幸せなのだ。


「ね、マキちゃん」


「なぁに、靜さん」


「週末は今まで我慢してた分、いっぱいキスしようね」


「……ほんと?」


 期待を込めて、けれど微かに不安に揺れて、マキちゃんのまんまるな瞳が私を見返している。

 私は笑顔を引っ込めて、真剣にその目を見つめた。


 これは、これだけは真剣じゃなくちゃいけない。嬉しいとか楽しいだけじゃないことも含めて、これまでの私の不実分、いやそれ以上のもので、マキちゃんに応え続けるという気持ちを伝えなくちゃいけないから。


「本当だよ。もう、マキちゃんのこと遠ざけたり、逃げたりしない。私ちゃんと、マキちゃんの彼女するから」


 我儘を言って欲しい。私も言うから。

 甘えて欲しい。私も甘えるから。


「これから一緒に、――これからも一緒にいようね」


「うん、一緒!」


 一緒に生きていこうね、は多分、まだちょっと早い。

 でもあと数年。近くて遠い、でもきっと二人でならすぐに訪れる未来。その時には改めて、将来を誓えたらいい。


 それを前向きに夢想できる今が、たまらなく幸せで、愛おしかった。

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女子小学生に告白されました、26歳フリーター(女)です。 soldum @soldum

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