眩しくて

「……1個だけね」


「やたっ」


 嬉しそうにお菓子売り場に駆け込んでいくマキちゃんを見ながら、これは甘やかしてしまっているのだろうかと考える。綾女さんの振る舞いを見るに、お菓子やおもちゃに厳しい教育はしていないだろうけれど、親御さんの知らないところでお菓子を買い与えるのはどうなんだろう。あまり褒められた行いではない気もする。

 いやでも、ひと晩預かる、ということになってる以上いまマキちゃんの保護者は私だし、別に度を越した贅沢をさせているとかいうわけでもない。


「うん、これくらいはまぁ、保護者の範疇でしょ」


「おねーさん、これー!」


「ほいほい。買ってあげるから、お店で走っちゃダメ」


「はーい」


 素直に速度を落としたマキちゃんは予想通り件の魔法少女アニメの食玩を買い物かごに放り込んだ。そのままかごを持っている方の手とは反対側に回り込むと、ぎゅっと手を握る。もちろん当然のように指を絡ませてだ。


「これならわたし、走れないよ」


「……そうだね」


 せめて指を絡めず普通に握れないものか、という苦言は飲み込んだ。明らかに手を繋ぐための口実に「お店で走らない」を利用していたが、ご機嫌にアニメのオープニングを口ずさむマキちゃんをわざわざ凹ませるのは大人げない。ここは大人の余裕を見せて、手つなぎくらいなんでもないよって顔をしておくのが吉だよね。


 夕飯の買い出しで訪れた近所のスーパーは、ちょうど混雑し始める時間だったようで入店からこっち、行き来する人の数は増える一方だ。長々と買い物するのは趣味じゃないので、マキちゃんのお菓子を最後にさっさとレジに向かうことにする。


「マキちゃんは、家庭科の調理実習とかもうやってるの?」


 人の少ないレジ待ち列に加わりながら手をつないだままのマキちゃんに雑談を振ってみるとマキちゃんからは「ちょっとだけねー」と気のない返事が返ってきた。それよりも繋いだ手をにぎにぎと動かすのにご執心らしい。


「上手にできた?」


「できたよ、あのね、アナンちゃんにね、完璧だから何もしないでいいよって言われた」


「あー……はは」


 笑って誤魔化すしかなかった。マキちゃんにお料理はまだ早かったらしい。お友達のアナンちゃんの心労が偲ばれる。


 まぁ、料理なんて出来なくても生きていけるし……と、私のように開き直るにはマキちゃんはまだまだ若いか。これから上達する可能性だって十分ある。なんといってもまだ小学生なのだ。大抵のことは、これからどうにだって出来てしまう。


 ……可能性かぁ。


 何者にもなれなかった私には眩しすぎる存在が、飽きずに私の手をにぎにぎしている。告白の言葉を信じるなら、そんな何者でもない私こそがなぜだか彼女には輝いて見えている訳で。


「……無いものねだりってやつなのかなぁ」


「なぁに?」


「マキちゃんはキラキラして可愛いねって」


「ほんと!? 可愛い!?」


 パァッとわかりやすく顔を輝かせるマキちゃんの真っ直ぐさがやっぱり眩しくて、私は「ははは」と笑って彼女から視線を逸らした。

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