お友達から始めましょう

「いや、ダメとかそういうんじゃなくてね」


 じゃあどういうんだ、と自分にツッコミを入れる。目の前の女の子、マキちゃんの上目遣いな両目がうるうると雫を溜め込んでいる。


 ダメかと聞かれれば、そりゃダメだろ、と思う。だって相手小学生だよ。しかも女の子。私も女の子だし。子って歳じゃない? うるせー。


 お断りする以外の選択肢は無いと思う。だってここで頷いたりなんかしたら、その時点で私は世間様からは犯罪者扱いされるんじゃなかろうか。

 それは困る。ただでさえ引きこもり一歩手前の生活でご近所付き合いの希薄な私である。このうえ小学生女子と交際なんて始めようものならついに事案発生かと思われても仕方ない。


 でも、なぁ。


 それをそのまま「理由」にすることを、躊躇う私がいる。


 近所にどう見られるとか、女だとか、子供だとか。そんなの、恋しちゃったら何の理由にもならないと思う。お断りするにしたって、小学生だからっていうのはきっと、私の嫌いな答えだ。


『ーー子供のくせに』


『あんたはまだ子供なんだから』


『養われてる身でよくそんなーー』


 ……不愉快な過去を想起した。その言葉がどれほど残酷か、私はまだその傷を覚えている。


 どうしようもないことは、ある。世の中にいくらでも、そんな理不尽はある。

 目の前の少女が小学生で、告白された私が26のフリーターだという事実は、どうやったって動かしようがない。解決できるのは時間だけで、それだって年を重ねることは出来てもその差を縮めることはできない。


 そんな理不尽を諦める理由にするのが酷く虚しいものであることを私は知っている。きっと大人になるにつれて、誰もが思い知る。


 じゃあ、この子は?


 勇気を振り絞って気持ちを伝えた相手が、歯牙にもかけず、感情に由来しない理由でそれを拒絶したら。

 それは告白を断ったんじゃない。

 この子の気持ちを、間違いだと否定したことになる。


 大人になれば誰もが知る痛みを、どうしても知らなきゃいけない理由がどこにある?

 普遍的であることが、傷つく理由になっていいはずがない。

 いつか傷つくから今傷つけていいなんて、そんな風に思いたくはない。


 それは、それだけは嫌だ。


「えっと、マキちゃんさ」


「?」


「クラスに好きな人とか、いないの?」


「おねーさんは学校にいないよ?」


 おおぅ……なんという迷いのないお返事。好きな人=私、という方程式が彼女の中では完全に成立しているらしかった。よって学校に好きな人はいない。単純故に誤魔化しを含みようのない返答に、わずかに私の頬が熱を持つ。いやいや、だから相手小学生だってば。なにちょっと本気で照れてんのよ私。


 こほん。とにかく、である。


 あの子も好き、この子も好き、みたいな恋と友情をごちゃまぜにした感情でないことも確認してしまった。それが恋とか愛とか、世界中の色んな人が馬鹿の一つ覚えみたいに昔から歌い続けている感情かどうかはともかく。


 彼女にとって、私はどうやら特別な存在であるらしい。


 であるなら、私の答えは自ずと決まってくるというものだ。


 これが同世代だったら「じゃあ付き合ってみようか」なんて気軽に言えたのかもしれないが、あいにく相手はずっと年下の女の子。子供扱いはしたくないけど、自分が彼女の年だった頃を振り返れば、発言に責任とか誠実さを求められたって困る。


 でも、それは彼女の告白を否定するものではないはずだ。


 成長途中の感情だから、一過性のものだから、という理由は必ずしも真剣さと比例しない。それはこうして彼女のまっすぐな目に見つめられた私が一番よく理解している。


 だったら、私に出せる答えは一つしかない。


「じゃあマキちゃん」


「うん」


「まずは私と、お友達になろうか」


「……彼女じゃなくて?」


 うん、そうだよね、そう思うよね。あ、ダメ、待って泣かないで、涙目で震えないで! 違うからね? マキちゃんのこと嫌いとかじゃないからね!


「ええと、さ。彼女っていうのは、マキちゃんのことをもっとよく知ってる人がなるものだと思うのよ。同じく、私の彼女になる人には私のことをよく知ってもらいたい」


「私、おねーさんのこと知ってるよ」


「うん、私もマキちゃんのことは知ってる。でも、私はマキちゃんが好きなものとか嫌いなものとか、そういうのは何も知らない」


「おねーさんが好きだよ」


 うぐ、照れるな、照れるな私。違うの、コレは別に口説かれてるとかじゃなくてマキちゃんほんとにただ単に好きなもの挙げてるだけだから。……うう、まっすぐ過ぎないかな?


「そうじゃなくてね。好きな食べ物、嫌いな教科、大事な宝物、将来の夢、明日やりたいこと、今日できなかったこと。もっともっといろんな事がわかったら、もっともっとマキちゃんを好きになれるかもしれないでしょ? だから、彼女はその時まで大事に取っておこうと思うの」


「んー……」


「難しい?」


「よくわかんない」


 そうか。うーん、そうかも。

 どうやらこの子は好きだって気持ちにまっすぐ過ぎるから。一番の大好きを後回しにする理由が、よく飲み込めないのかもしれない。


「じゃあこう考えて。彼女っていうのは一番大好きな、他のお友達よりもずっと一緒にいたいお友達がなるものなの。だからまずは私とお友達になって、一緒に遊んで、本当にずっとずっと一緒にいたいのか、じっくり考えてみましょう」


 まぁ、これが落とし所だと思う。

 私は女で、これといった取り柄もないぽーっとしたフリーターだ。マキちゃんがこれからもずっと私を好きでいる可能性より、お友達を続けているうちにマキちゃんに他に好きな人が出来る可能性の方がずっと高い。それならその時に私に変に気兼ねしなくてもいいように、ただのお友達だから、って言えるようにしてあげるのが大人として私に出来る精一杯だ。


 彼女の好意を否定はしない。

 だけど、同世代の恋人たちが当たり前にそうするように将来まで考えて受け入れるわけにもいかない。


 だから私には、お互いがお互いにとって無責任でいられる距離を提示してあげることしかできない。


「どうかな?」


「んー……」


 やっぱりよくわからない、という顔をするマキちゃんに私はやむなく最後の手段を講じることにした。


「じゃあお友達として、週末どっか遊びに行こうか」


「! ほんと? おねーさんと二人で?」


「そ。友達だからね。二人でお出かけくらいするでしょ?」


「友達!」


 目をきらきらさせてマキちゃんがむぎゅっと私に抱きついてくる。子供らしいぽかぽかした体温に戸惑いながら、不慣れなりに優しく頭を撫でると嬉しそうにきゃっきゃと喜ぶ。


 まぁ、うん。


 とりあえずマキちゃんが嬉しそうだから、これで良かったことにしよう。

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