甘えて、甘やかされて

「ん、しょっと」


 ぐっと少し強めの圧力を背中に受けてやや前傾姿勢になる。温いタオルの感触と相まって、かゆみを誤魔化すためにひっかくような、瞬間的な快感が背筋を撫でた。同時に、かろうじて背中だけに留めているとはいえマキちゃんに蛍光灯の明かりの下で肌を晒している事実を思い出して首筋が熱い。


「ほら、靜さん、ばんざいしてー」


「ん……いやあの、やっぱり恥ずかしい」


「手おろしちゃダメ!」


「わ、っと」


 言われるがままに両手を上げかけて、恥ずかしさから手を戻そうとしたらぐっと押し上げられた。や、やめて、そんな脇全開にしないで! ちょ、ちょっと脇の処理とか甘いかもしれないから!


「ちゃんと拭けないでしょ!」


「いや、だからマキちゃん、私自分でやるから……」


「だーめ。靜さんはびょーきなんだからね、ちゃんとカノジョにお世話されるの」


「うぅ……」


 嬉しいけど。嬉しいけども!

 現在、汗で湿った寝巻きを脱いで上半身裸になった私はベッドの上でマキちゃん直々に汗を拭かれている。

 温かいお湯に浸されたタオルは心地よく、一日ベタついていた汗が拭われていくのは快感ではあった。加えてそれをしてくれるのが面白みのない私の手ではなく、可愛い彼女の小さな白い手だというのだから嬉しくないわけがない。ないけど。


 ……やっぱり恥ずかしすぎる!


 お風呂に入った時にお互い裸を晒したといえばそうだけれど、あの時はどちらかというとマキちゃんの裸を意識しすぎていっぱいいっぱいだったのだ。マキちゃんを直視しないようにするのに全神経を集中していて、マキちゃんの細い輪郭に精神力を根こそぎ削り取られていたせいで、入る前まで心配していた「自分の裸を見られること」については頭から吹き飛んでいた。


 けれど今、この状況はといえば、上半身だけとはいえ私は裸で、マキちゃんに背中を向けて両手をばんざいさせられているせいで胸を隠すのもままならない。マキちゃんが来る前にブラしとけばよかった! と嘆いても遅い。いくらマキちゃんが背中側にいるとはいえ、彼女の前で無防備に裸になっているのだ。実際に見られてしまうかどうかよりも、何ひとつ隠せていない状況に頭が沸騰するほどの恥ずかしさが喉元までこみ上げている。


 も、もっと日頃から運動しておくべきだったかなぁ。


「んー、よし、っと。じゃあ靜さん、前向いて――」


「前は自分でやるよ!?」


 叫んだ。



* * *



「はい、あーん」


「あの、私自分で食べれ」


「あーん」


「いや、だからね、マキちゃ」


「あーん!」


「……あー」


 観念して口を開けた。マキちゃんが「ふーふー」して冷ましてくれた、ほどよい熱さのおかゆが口に滑り込んでくる。


「おいしい?」


「……うん」


 熱のせいもあって正直味はあまりわからなかったけど、マキちゃんがふーふーしてくれただけで心が美味しいと言っている。ちなみにおかゆはマキちゃんが来がけにわざわざコンビニで買ってきてくれたらしい。いい子すぎる。


「じゃあ次! あーん」


「いや、あとは自分で」


「あーん」


「…………あー」


 なんだろ、この尻に敷かれてる感。繰り返すたびに逆らう気が無くなっていくのがまたなんとも。

 あまり食欲はなかったのだけど、マキちゃんの手が差し出してくれるおかゆには魔法でもかかっているのか、一口飲み込むと次が欲しくなる。最初の方こそマキちゃんの「あーん」に渋々口を開けていた私も、途中からは一口飲み込むたびに「あー」とひな鳥のごとく次の一口を求めて口を開けるまでになってしまった。


「……よかった」


「ん?」


 やがて最後の一口をもぐもぐしていた私の横で、おかゆの容器を片付けたマキちゃんがぽつりと呟いた。


「わたし、ちゃんと靜さんのカノジョできたよね?」


「マキちゃん……」


 安堵とも、未だ不安げとも受け取れる言葉に驚く。今日のマキちゃんは、そんなことを考えていたのか。強引だったのは私を心配してくれたのももちろんだけど、あるいはそんな不安の裏返しもあったのかもしれない。


「ねぇ、マキちゃん」


「…………」


「ありがとう」


 ベッドに上体を起こしたまま手を伸ばして、マキちゃんの柔らかい髪をそっと撫でる。


「来てくれて嬉しかった。寂しかったから、マキちゃんが来てくれてホッとした。看病してくれて、甘えていいよって言ってくれて嬉しかった」


 私がそう言うと、マキちゃんがぎこちなく微笑む。マキちゃんはとても素直で真っ直ぐな子だ。でも、こういうところは少しだけ、私に似ている。弱くて臆病で、いつも何か、確かなものに縋りたくなってしまう、そんなところが。


「でも、私が嬉しかったのはさ、彼女として正しいからじゃないんだよ」


「……え」


 サッとマキちゃんの表情が変わる。何か間違えてしまっただろうか、という不安が透けて見える表情に、私は安心させようと彼女の頭をもうひと撫でした。


「マキちゃんが私のことを大事に思って、心配してくれたから嬉しかったの。正解とか間違いとか、ちゃんとした彼女とか、私はそんなのはどうだっていいんだ。ただ――」


 正解が欲しいわけじゃなくて、欲しいのはきっと。


「マキちゃんがこれからも私と一緒にいたいと思ってくれたら、私はそれが一番嬉しいよ」


 確かなものが欲しいのは私もマキちゃんも一緒で、だけど私はちょっとだけ、マキちゃんより大人だから。

 ズルい言葉で欲をこぼす。確かなものが欲しいとマキちゃんを縛る。


「私は彼女じゃなくて、マキちゃんが欲しいな」


「……ぅあ」


 ぼふっとマキちゃんの顔が真っ赤になる。まだ熱で気だるい私に勝るとも劣らない熱を帯びたりんごみたいなほっぺをそっと撫でてから上体を寄せて、その赤みの差した頬に口づけた。


「しず、かさっ」


「ほんとは口が良かったけど、うつしちゃ悪いからね」


「……うー、うー!」


「お、っと」


 言葉にならないのか、マキちゃんがそのままダイブするように私に抱きついてくる。

 熱で少し鈍くなった触覚にマキちゃんの体温が存在を訴える。そうやってマキちゃんをよしよしと撫でながら、こうしている間も一番甘やかされてるのは私なんだな、とそんなことを考えていた。



*****

ごあいさつ


またまた更新遅くなりまして申し訳ないです。なんとかギリギリ2019年内に更新できました。

ということで、これが年内最後の更新になります。


別にごあいさつ文でも書こうかと思ったのですがこのあと普通にバイトなので…笑

やむなくこの場を借りて、年末のご挨拶とさせていただきます。


ライバル令嬢、女子小学生、それと細々と供養しているジャスティス・コンプレックス。今年公開した3つの作品にお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。

来年もまた、よろしければ時折覗いて、私の妄想にお付き合いいただければ幸いです。

ではみなさま、良いお年をお迎えください。

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