第3話 おやすみのキス
「ねえ、もう寝るの?」
「当たり前だ。今日一日でどんだけ疲れたと思ってんだよ……」
「じゃあ、私も寝るー!」
徳人の部屋のアナログ時計はもうすぐで午前零時を回ろうとしている。
クタクタになった身体はベッドの上では屍にでもなったみたいにうまく動いてくれない。それ程に徳人は疲れていた。
妹の凪はというと、今日だけという約束で同じ部屋にいる。
今にも意識が眠りの奥底に落ちてしまいそうな徳人だったが、凪がそう簡単に寝かせてくれるわけもなく、同じ布団の中に潜り込んでくる。
「えへへ、お兄ちゃんと一緒~」
「マジで疲れてるから、もう寝るぞ」
「うん、いいよ」
あっさり了承してくれたので、部屋の明かりをリモコンで消す。
パッと真っ暗になった部屋だが、夜目が利いてきたのか窓から差し込む月明かりで薄っすらと視界が鮮明になる。
凪はピッタリと肩をくっ付けており、暑苦しい。
「お兄ちゃん、もう寝た?」
「んー、なんだ?」
目を瞑りながら返事だけする。
「お兄ちゃん、怒ってる? 急に私が部屋に来ちゃって」
「何を今さら……。別に怒ってねーよ」
「うん、知ってる。お兄ちゃんは優しいもんね」
決して大きくなく、耳元で囁くように凪は言う。
凪は昔から我儘だし、自分勝手だし、俺が言うことを聞かないとすぐに怒るか拗ねるか駄々をこねる。
もうずっと暮らしていたから、そんな凪の扱いもだいぶ慣れたものだ。
だが、きっと凪にもちゃんとした彼氏ができたら、そいつはかなり苦労することになるだろうけどな。
そんな日だって……いつかきっと来るんだろうな。
凪がもぞもぞと布団の中で動いた。
「お兄ちゃんの匂いだぁ。やっぱり落ち着く」
「まさか実家でも俺の部屋で寝たんじゃねーだろうな?」
「ううん、時々だけ」
時々は寝てたのかよ……。
「いつもはお兄ちゃんの使ってた枕とか服の匂いを嗅ぎながら寝てた」
「それも十分気持ち悪いから止めろ」
「ふふっ、嬉しいくせに」
「嬉しくない」
どこからその謎の自信が生まれるのか気になるが、もうそろそろ意識を保つのも限界になってきた。
だんだんと徳人の返事も適当なものになってくる。
「……お兄ちゃん」
「……」
「お兄ちゃん?」
「…………」
「もう寝ちゃった?」
「………………」
完全に徳人の返事が途絶えて、寝息だけが凪に聞こえる。
すると身体を横にして、上半身だけを少し起き上がらせる。徳人の寝顔をゆっくりと眺めると、今日されたみたいに徳人の顔を指でなぞる。
鼻、頬、瞼、顎、唇……。
「一年会ってないだけなのに、なんか格好良くなったね」
帰ってくる言葉がないことは分かっているが、ぼそっと呟く。
そして、凪はそのまま顔を近づけて、仕返しだ、というように徳人の唇に自分の唇を重ねた。熱くて、柔らかい感触を一秒も満たないうちに離してしまう。
「これがファーストキスだよ」
凪はおでこにされたキスを思い出しながら、自分も恥ずかしさで身悶えそうになるのを我慢する。
「お兄ちゃん、大好き。これからよろしくね。……おやすみ」
そうして凪が完全に眠りにつくのは、もう少し時間が過ぎた後だった。
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