第31話 お弁当
高校一学期の終業式。
学生たちはもうすぐ目の前にまで迫っている夏休みに心を躍らせる。滝川徳人と凪もまたそんなありふれた中の人だった。
先生の長くつまらない話を聞き流して、ようやく終業式も終わりを迎える。
「夏休みだぁー!」
徳人が聞いた凪の第一声がそんなセリフだった。
午後になって、真夏を感じさせる日差しに背を向けて徳人と凪は二人肩を並べながら歩く。
帰宅部はこのまま下校となるが、部活生はもちろんこの後に部活動が待っている。水泳部である徳人と凪もまた後者に該当する。
しかしその前に二人は屋上へと移動して昼食を挟むのだった。
普段は利用者の多い屋上だが、今日に限っては二人以外に誰もいない。つまりは絶好のランチスペースになっている。
だが、それも当たり前だ。なんせ今日は学食もやっていなければ、購買も開いていない。つまりは昼食を校内で買うことが出来ないのだ。
だが、凪が片手に提げている弁当袋に目を移しながら徳人は腰を落ち着かせた。
「んで、弁当を本当に作ってきたのか?」
「もちろん!お兄ちゃんのために頑張って作ったんだから!」
と凪は自信満々に言う。
そう、珍しく今朝早く起きてきた凪が「今日は私がお弁当を作ってあげる」と言ってきたのだ。材料も昨日のうちで買ってきていたらしい。
それで、たまにはと思い、凪に台所を預けて今に至る。
凪は鼻歌いながら弁当箱を取り出すと、パカッと蓋を開けた。
「おおー」
すると色とりどりに詰められたおかずたちが姿を見せた。
凪の料理の腕は以前に風邪を引いた時に作ってくれたので、ある程度分かっているつもりだ。ド下手くそってわけではないが、決して上手いわけでもない。
簡単なものなら凪でも作れるって感じだ。
見た様子だと、玉子焼きにポテトサラダに唐揚げとタコさんウインナー、ミニトマトと無難なレパートリーになっている。
だが、ちゃんと玉子焼きにはネギが入っていたり、明太子が入っているのもある。そういう工夫は怠らなかったらしい。
「結構美味そうじゃん」
「でしょでしょ!私だってやればできるんだから!」
その割には今朝方、「これどうすればいいのかな?」「うわぁ、焦げる焦げる!」「ああ、砂糖入れ忘れた!」なんて言葉が飛んできたような気がする。
でも凪が作ってくれたんだ。ちゃんと食べないとな。
さっそく徳人はパクッと卵焼きを頬張った。
「モグモグ……」
「ど、どうかな?」
さっきまでの自信が嘘だったみたいに不安げな表情を浮かべる。
「……うん、美味いよ」
「よかったぁ~」
「凪にしちゃ、頑張ったんじゃないか?」
「何それー。素直に褒めればいいのに。じゃあ、私も食べちゃおっ」
凪も自分の分を食べはじめた。
「でもさ、なんで急に弁当を作りたいなんて言ったんだ?」
「だって、これから夏休みだよ?お兄ちゃんといっぱい遊びに行きたいから、こうやって一緒に手作り弁当を食べたら、なんかカップルぽいでしょ?」
「なんつう、不純な動機だよ……」
「不純じゃないもん!いいでしょ、ひと夏の思い出を可愛い妹と過ごせる予定なんだから。喜んでよね!」
どうやら、俺の夏休みにはどう足掻いても凪が付き纏うらしい。
だが、こうして屋上で二人だけで弁当を食べるのも、いい青春なのかな、なんて思う徳人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます