第32話 クイズ

「お兄ちゃん、お腹空いた~」


 夏休みに入って一週間も経たない日に、凪は唐突にそう訊ねた。

 徳人は夏休みの宿題をやっており、手を止めることなく「んー」とだけ返す。徳人は小学生の時から夏休みの課題を一週間でほとんど終わらせてしまうのだ。

 そして残りの夏休みを有意義に使い、さらに勉強をする。ガリ勉とはこういう人のことを言うのだろうと思う。

 おそらく凪が訊ねても適当な返事をするということは、もう課題も終盤の方なのだ。しかも集中している徳人を邪魔すると割とガチで怒る。

 その為、凪は一度タイミングを改めることにした。

 三十分後くらいに、徳人は部屋から出てくる。


「課題終わったぁ~、よし今日は美味いもんでも食べるか」

「ねえ、お兄ちゃん」

「あ、そう言えばさっき何か言ってたな。何だったんだ?」

「お腹が空いたから、ご飯まだかな~って思って」

「ああ、今から作るから待ってて」


 そうして今日はいつもよりも豪勢な夕飯が食卓に並んだ。

 テレビを見て時間を潰す凪は、やけに真剣な表情で番組を見ていた。


「何見てるんだ?」


 と徳人も覗くと、凪が真剣に見ていたのはクイズ番組だった。頭脳王者決定戦と書かれて、頭のいいタレントがクイズを解いている。

 別に珍しくもない番組だ。

 だが、凪はこういうクイズが大好きなのだ。するとちょうど、問題が出題される。


『火星で最も高い山は何でしょう?』


 その問題にタレントたちは眉間に皺を寄せて、苦悶の表情を見せた。


「ねえ、お兄ちゃんは分かる?」

「オリンポス山だろ?」


 するとTVの方でも回答がされる。


『答えは……オリンポス山です!』

「どうして知ってるの?」

「高い山を調べまくってたら、火星とか金星の高い山まで調べてた」

「お兄ちゃんってホント変だよね……。知識欲が強いって言うか、だから頭がいいんだけど」

「それ言うならお前も博識だろ。無駄な知識持ってんじゃん」

「酷ーい! 私の場合はお兄ちゃんとどんな話でもできるように物知りになっただけだもん!」


 その理由もどうかと思う。

 すると徳人はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「じゃあさ、勝負しないか? どっちが多く正解できるか」

「いいよ!負けたら、罰ゲームだからね!」


 罰ゲームもいつものことなので、了承する。

 そして適当なメモ帳とペンを用意して、二人は画面を睨みつけた。


『一般に㏗5.6以下の雨を何と言うでしょう』


 先に書き上げたのは凪。その次に徳人。ちなみにTVのタレントたちは未だに悩んでいた。

 そして同時にメモ帳を見せ合う。


「「酸性雨」」


 答えは酸性雨だった。


『トーマス・エジソンのライバルとも称される交流電気方式や蛍光灯などで有名な発明家は?』


 ノータイムで二人はペンを走らせる。


「「ニコラ・テスラ」」


 またしても二人とも正解である。


「なんでお兄ちゃん、そんなこと知ってるの……」


「これは歴史マンガの知識だな。それより凪も知ってるのは意外だわ。お前、高校生クイズとか出た方がいいんじゃね?」

「興味ない」


 それから一時間近くのクイズを全て終えた結果、凪と徳人の勝敗にも決着がついた。

 結果は、凪が三十問中二十五問、正解。

 徳人が三十問中二十三問、正解だった。勝敗は凪の勝利である。


「はぁ~、負けた……」

「やったー!お兄ちゃんの勝った!」


 凪は滅茶苦茶嬉しそうにガッツポーズしている。

 ここまで嬉しそうにしていると負けた甲斐もあったというものだ。


「クイズって楽しいね!」

「そうだな。飯のことも忘れて夢中になってしまった……」

「「あ!」」


 二人の視線はTVからテーブルにバッと向けられる。

 夕飯のことを忘れて、すっかり料理は冷めてしまっていた。


「ああ~、料理がぁ」

「仕方ない。温め直すから、さっさと食べよう」


 徳人は一人キッチンへと向かう。


「あ、お兄ちゃん罰ゲームだけど」

「そう言えばそうだったな……。無茶なことはやめてくれよ」

「またクイズ番組やってたら、一緒に勝負しよ!」

「……ああ、いいよ。次はぜってえ負けねえ。勉強してやる」

「もうそれ、高校生の勉強じゃないから!あはは」


 凪はおかしくなって笑いを零す。

 夏休みが始まっている。二人とも勉強のやる気が極限にまで高まってしまったのだった。

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