第29話 夏祭り1

「ねえ、お兄ちゃん!」


 凪がバタバタと騒々しく部屋が出てきた。夕食後の皿洗いをしていた徳人は、特に顔を上げることなく耳を傾ける。


「どーした?」

「明後日、夏祭りがあるの知ってる?」

「ああー、確かに去年もやってたな。もうそんな時期か」

「もう、知ってたんだったら言ってよー! 大事なイベントでしょ!」

「俺は去年行ってなかったし、忘れてたんだよ。んで、誰かに誘われたのか?」

「うん、早苗ちゃんが一緒に行かない?ってメッセージきた」


 まぁ、その日は夏休み前日だし、浦笠高校の生徒もたくさん行くに違いない。俺は人混みとか苦手だし、今年も家でゆっくりとマンガでも読んでおくとしよう。


「じゃあ、三豊さんと一緒に行っておいで。帰りはあまり遅くならないようにな」

「何言ってるの? お兄ちゃんも一緒に行くんだよ?」

「へ?」

「早苗ちゃんには、お兄ちゃんも一緒に連れて行くって言ったの。だから一緒に夏祭り行くよ?」

「ええー……」


 ということで、今年は徳人も夏祭りに行くことになった。

 夏祭りは浦笠高校の近くに大きな神社があり、そこで行われる。毎年、数多くの屋台や盛大な花火も打ち上がるため、この地域で大きなお祭りとなっていた。

 しかし祭りなんて人が多くて疲れるだけ、という認識の徳人にとっては気が進まないものだ。

 特に着飾ることもなく、普段着で凪と部屋を出る。

 凪は浴衣をレンタルできる店で、ちゃんと女子高生らしく華やかに着飾っていた。


「ねえ、お兄ちゃん、どう? 似合ってる?」


 地元じゃ祭り自体が少なかったために、こうして一緒に祭りに行く機会なんてなかった。その為に、凪の浴衣姿を見るのも初めてだった。

 我が妹ながら、よく似合っている。すらりとしたスタイルと水色を基調とした浴衣がマッチしていた。


「ああ、よく似合ってるよ。可愛いぞ」

「えへへ」

「後はもっと胸が大きければさらに似合っていたな」

「もう! お兄ちゃんのバカ! スケベ! 変態!」


 凪は自分の胸に手を当てている。正直に思ったことを言っただけなので罵倒は華麗にスルーして先を急いだ。

 なんせ道中で三豊早苗を待たせているのだ。

 待ち合わせ場所まで来ると、街灯の明かりで早苗の姿が目視できた。


「早苗ちゃーん!」

「凪ちゃん。徳人先輩もこんばんはです」


 丁寧にお辞儀をする。

 こういう時でも先輩に対する態度はしっかりしているのが早苗だ。徳人も軽く手を挙げて挨拶する。


「こんばんは。早苗ちゃんも浴衣なんだね」

「はい……。似合わないと思うんですけど、凪ちゃんも着てくるって言ってたので……」

「そんなことないよ。ちゃんと似合ってるよ。うん、凪よりも可愛い」

「お兄ちゃんっ⁉ それどーゆうこと! どーゆうことなのー!」


 徳人が凪をあしらっている間、早苗は頬を赤くして俯いてしまう。

 照れているのだろうか。


「それより、行こう。早くしないと花火に間に合わないぞ」


 神社に近づくにつれて、人も増えていく。それこそ浴衣姿の学生たちも多く見える。そして境内へ続く階段を上ると、屋台がずらりと並ぶ光景が広がっていた。


「おお、人がすげえ……」


 徳人がぽつりと呟く言葉も、ガヤガヤとした騒がしさで掻き消される。

 これははぐれたら、探すのは大変そうだ。


「はぐれないように近くにいとけよ」

「はーい!」


 凪は徳人の腕に抱きつく。

 必要以上に密着していて暑い。

 早苗は、そっと徳人の服の袖を握った。


「お兄ちゃん、綿あめ食べたい!」


 さっそく凪がおねだりしてきた。まぁ、祭りとなったら屋台で何か買うことになるのは分かっていたので、予め財布には野口英世様が六人ほど待機している。


「三豊さんも食べる? 奢るよ」

「そ、そんな……」

「遠慮しなくていいよ。いつも凪と仲良くしてもらってるし」

「……ありがとうございます」


 ということで綿あめを買いに、二人は美味しそうに頬張っている。流石にそれを見ていると腹が減ってきたので、徳人も焼きそばを買うことにした。


「俺も何か買ってくるけど、ここで待っとく?」

「うん、そうする」

「分かった。すぐ戻ってくるから」


 と人混みから離れた場所で二人を置いて、さっと地獄に戻っていく。

 そうして戻ってなんとか、再び人混みから抜け出して帰ってくると、何故か凪と早苗のところに四人の若い男が集まっていた。

 大学生だろう。服装や外見からして、そう判断できる。


「ねえ、名前なんて言うの?」「高校生だよね? めっちゃ可愛いじゃん!」「もしかして浦笠高?」


 なんて男たちが声を掛けている。

 リアルでナンパしている光景なんて初めて見た。


「二人だけだったら一緒に祭り見て回ろうよ。絶対楽しいよ」

「私たち、人を待っているので」

「その子も女の子? だったら大歓迎だよ~」


 別にナンパが悪いとは思わないが、断っているのに引き下がらないのが良くない。


「悪いな。残念ながら男の子でした~」


 徳人は一人の肩に手を置いて、嘲るようにそんなセリフを吐く。

 振り返ると、四人は明らかに不機嫌なオーラを放つ。


「悪いけど、二人とも俺の連れなんで、もういいですかね?」

「はぁ? てめぇに用は――」

「おお! そこにいるのは我が部の期待の双星! 徳人と凪殿ではないか!」


 やたら低音で、独特な言葉遣いの声。

 徳人が振り向くと、視線の先には水泳部部長の水嶋雄吾がやってきていた。そのがっちりとした体格、厚い胸板、筋肉で太い腕……ナンパ男たちを圧倒するには十分すぎる存在だった。

 ナイス、タイミングだ!


「チッ、しらけたわ。いこーぜ」


 とナンパ四男はぞろぞろと去っていく。


「部長、ナイスです」

「ふむ。我もおおよその状況は把握していた。だから声を掛けたのだ」

「ありがとうございます、水嶋部長」

「ありがとうございます」


 二人がお礼を言うと、雄吾はいつもの高らかな笑い声を上げる。


「フハハハハ! 我が部の大事な部員に手出しはさせまい」


 流石、部長と言うべきか。

 すると凪はすぐに徳人の傍に寄る。


「お兄ちゃんも、ありがと」

「ああ、まさかナンパに遭うとは思わなかった。悪いな」

「でも、お兄ちゃんが喧嘩したらどうしよって少し怖かった……」

「なぁに、俺にはバトルマンガで身に付けた、対人戦闘術が――」

「だーめ。お兄ちゃん、喧嘩弱いんだから」


 言う通りである。殴り合いなんてした時には真っ先に負けるのは徳人の方だろう。身体は部活で鍛えているが、それ以外はからっきしだ。


「ところで、部長は一人なんですか?」

「いや、麗奈と一緒に来たのだが、途中ではぐれたみたいなんだ」

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