第28話 夏の定番?
「お兄ちゃ~ん……暑い……」
「それは俺も同じだ」
七月も中旬になってくると、夏の暑さも日に日に増していき、凪は学校が帰ると毎日のようにダラダラモードに移行していた。
「アイスないの? アイス食べたい」
「今日はダメだ。ここのところ毎日食ってるじゃねーか。そんなんじゃ腹壊すぞ」
「いいの! 暑すぎて何もできないんだからぁ」
「はぁー……」
大きな溜息が徳人から零れるも、調理の手を止めることはない。その間に凪はゾンビのように床を這いつくばりながら冷蔵庫から棒アイスを取り出した。
「今日は冷しゃぶだから一個にしとけよ。ニンニク入りの特製ダレも用意してるからもう少し待ってろ」
「ホント? やった~、冷たいお肉だぁ!」
もはや冷たいものなら何でもいいらしい。だが、本当にここ最近の暑さには参るものがある。
晩御飯を作る徳人も、冷やし中華や冷やしそーめん、ざるそばなど、とにかく暑さを紛らわせる献立を考えていた。
すると凪は何やらタカタカと自室からノートPCを持ち出してきた。
「……?」
小首を傾げる徳人に凪はニシシと平べったい笑いを浮かべて、画面を見せる。
するとそこには公式の動画サイトにログインされた状態でアニメから海外映画まで様々な動画が表示されていた。
「なんか観るのか?」
「うん! やっぱり夏と言えば、ホラーだよ! とびっきり怖い映画観ながら食べようかなって」
「いいんじゃないか? たまには」
と徳人も言ったため、凪は楽しげに映画を探し始めた。いろいろ迷っている様子だったが、最終的に日本のホラー映画に決定した。
テーブルに料理を広げると、凪もPCとTVを繋いでちゃんと大画面で鑑賞し始める。
内容は至ってシンプルだ。自殺が相次いだ呪われた家に、何も知らない家族が引っ越してきて、怪奇現象に巻き込まれながら、一人一人怨霊によって殺されていくという――。
だいたいニ時間半ほどあり、三十分ほどで夕飯を食べ終えて凪は集中して画面に張り付く。
そしてようやっと映画のエンディングロールが流れ始めた。
「うう、結構怖かった……」
「だろうな。こう言うのって身近に感じたりするから余計に怖いんだよなぁ。もしかしたら、凪の部屋にも出るかもしれないぞ。血の染まった少女の――」
「やめてよ! 怖いでしょ!」
「怖いの見て涼しくなろうとしたのは凪だろ? ほら、見終わったんだから片付けしろ」
「……はーい」
それから徳人も自室で勉強をしたり、先日買ったばかりのマンガを読むのに時間を使っていると、気がつけば時刻は深夜一時を回っていた。
眠気もいい具合にやってきたので、そろそろ寝ようかなと思っていると急に扉を叩く音が小さく鳴り響く。
ビクッと肩を震わしながら徳人は扉の方を凝視した。さっき観た映画のせいか、嫌な汗が背筋を通る。
「お兄ちゃん……」
すると弱弱しい凪の声が聞えてくるのだ。
「凪? どうしたんだ?」
部屋の扉を開けると、扉の前には屈んだ状態の凪が涙目を浮かべて待っていた。
「お兄ちゃん……お腹痛い……」
「はぁ?」
「たぶんアイスの食べ過ぎだと思う……。ちょっと前から痛いの……」
「薬飲むか?」
凪はブンブンと首を横に振る。
「トイレ行きたい……」
「トイレ? ……お前もしかして、怖くて行けないのか?」
どうやら図星だったらしい。涙目でこうして助けを求め来たのも、さっき観たホラー映画が怖くて一人でトイレに行けないからのようだ。
だが、アイスで腹を壊したのは完全に自業自得である。
だから注意したのに……。
呆れた溜息を吐くと、このまま扉の間で漏らしたりされたら困るので、トイレまで付き添ってやることにした。
「ううぅ……痛い」
「ほら、ここで待ってるから済ましてこい」
「絶対待っててよ? 絶対だよ!」
「ああ、分かったから、早く行けって」
我慢の限界のようで凪はトイレに駆け込んでいった。徳人は言われた通りに、扉の脇で座って凪が用を足すのを待つ。
「お兄ちゃん、いる?」
「ああ、いるよ」
「……いる?」
「いるって」
と等間隔にやってくる問いかけにちゃんと答えてあげる。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「耳塞いで。音聞かないでよ」
「はいはい」
「でも呼んだらちゃんと返事してよ」
「はいはい」
そんな無茶なことができるか、と心の中でツッコミつつ、徳人は大きな欠伸を洩らす。
それから十分くらい経って、ようやく中から洗浄音が聞こえて、扉が開いた。
「音、聞かなかった?」
「ああ、聞いてないよ」
「……」
と言ってもやはり恥ずかしかったのか、凪は頬を紅潮させて俯いてしまう。
「とりあえず薬は飲んどけ」
「うん」
「それと……怖いなら今日だけ俺の部屋で寝ていいぞ」
「え?」
「暑いからあまりくっ付いてくるなよ」
「うん! ありがと!」
すると凪は「やっぱりホラー映画観て良かったかも」と小さく呟くが徳人にその声が聞こえることはなかった。
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