第12話 カップル限定
「今日は外で食べたいな」
なんて言う凪の要望に応えて、今日の夕飯は外食で済ませることになった。
学校が終わり、部活も終えたクタクタの身体でいつもご飯を作っている徳人にとっては、休めるし少し有難いまである。
制服の姿のまま凪と徳人はいつものように並んで歩きながら、帰り道を少し遠回りして飲食店の多いエリアまで向かう。
「なんか、食べたいものでもあるのか?」
「んー、なんでもいいかな! ファミレス行こっ!」
「は? お前が外で食いたいって言ったんだろ? なのにファミレスでいいのか? 寿司とか焼肉とかじゃなくていいのか?」
「いいの~。ほら、行こ!」
ということで、徳人はしっくりと来ないまま、近くのファミレスへと向かった。
辺りはすっかり暗くなってきており、きっとどこの店も混み始める時間だろうから急ぎたいと思う徳人だったが、到着したファミレスは既に多くの客で賑わっているところだった。
「あー、混んじゃってるね」
「まぁ、時間が時間だしな。どうする? 他のファミレスに行くか?」
「ううん、待つー!」
凪はテンション高くして言うと、徳人の腕にガシッと抱きついて方に頭を寄せた。
こいつには人の視線ってものがないらしい。もし学校の誰かに見られたらどうするつもりなんだ……。
しかしまた珍しいこともあるものだ。凪ならてっきり人が多いと他のところに行く、なんて言い出しそうなものだが、今回はやけに楽しそうというか、嬉しそうだ。
「ま、いっか」
なんて呟く徳人も、それからお客が減るのを少しだけ待つ。
やけに若い女性と男性の客が多いと思ってしまうが、ファミレスなら普通だろう。あまり普段からファミレスに行かないから、詳しくはないが。
しかし、何か変だ……。
徳人はそろそろ異変に気付き始めていた。
なぜ凪が突然外食をしたいなんて言い出したのか。しかも特に食べたいリクエストもなく、混んでいるファミレスでちゃんと大人しく待つ凪なんて、俺の知る凪ではない。
考えられるのは二つだけだった。
この凪が偽者の凪ということと、もしくは……このファミレスで食事以外の目的がある、の二つだ。
そして正解が後者だと気づいたのは、すぐのことだった。
「次でお待ちの二名様、ご案内いたします」
ウェイトレスの女性から呼ばれると凪が徳人の手を引いていく。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「はい」
「只今、当店ではカップル限定のサービスをしておりますが、サービスをお受けしますか?」
「はい! 私たち、ラブラブなカップルです! ね!」
凪はもうノリノリでさらに身体を密着させながら言った。
やはり、凪は最初からこのサービスが狙いだったのか!
確かにこうして傍から見れば、徳人と凪は高校生カップルという風に見えるだろう。
「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
席へと案内されると、サービスについての説明がされていく。
なんと今だけカップル限定のメニューが登場しているらしい。主にデザートやドリンクにメニューが追加されており、それを注文すると割引や特典のストラップなど貰えるとのことだ。
どこでこんな情報を聞いたのか知らないが、凪は既にキラキラとした目でメニューを眺めている。
「ねえねえ、どれにする!」
でも、凪が楽しそうならそれでいいか。
「なんでもいいよ。凪が選んでくれ」
「じゃあ、この特製ラブラブパフェ食べる! それと特製ドリンクの春の恋風味ってのも!」
ネーミングセンスとか諸々ツッコみたくなる。春の恋風味ってどんな風味だよ!
凪が注文をしていくとウェイトレスも微笑ましい顔でそれを聞いていく。
「……以上でよろしかったでしょうか?」
「はい!」
「それでは少々お待ちください。こんな可愛い彼女さんがいて、彼氏さんも羨ましいですね。では、ごゆっくりどうぞ」
なんて言って去っていく。
気恥ずかしくなり頬を紅潮させながら外を眺める徳人に、凪はツンツンと突っついてきた。
「ねえ、可愛い彼女だって!」
「ああ、お前は可愛いからな」
嘘は言っていない。
本当に思っているが、今この情状況では意味が違う。だって、こいつは俺の妹なのだから。
「本当に私たち、恋人になれるんじゃない?」
「やめろ。マジでこんなところ知り合いに見られたら最悪だ……」
重いため息を吐く徳人に比べ、凪はそんなことを一切考えている様子はなかった。
しばらくして注文していたものが届く。
「ねえ、見てみて! 大きいよ! 美味しそう!」
特製ラブラブパフェなるものは、ただ大きなパフェなだけだ。イチゴやらメロンやらのフルーツも盛り沢山に乗せられているが、イチゴはハート型にカットされていたり、一見可愛らしいものに見える。
「じゃあ、さっそく食べよ!」
一つのパフェを二人で食べ始める。
今さらだが、これもう夕飯じゃねえよな。
しかし味はなかなか美味しいものだった。パフェ自体、久しぶりに食べたので生クリーム甘みや柑橘系の酸味が口の中に広がり至福の一時が訪れる。
「ん~、おいひい!」
凪もパクパクと食べる手を止めない。
しかし何を思い出したのか、ハッとその手を急に止めてしまう。
「んん?」
「お兄ちゃん、あーーん」
と言いながら凪はスプーンに生クリームとイチゴを乗せて徳人の口の前まで運んだ。
「いいよ、恥ずかしいだろ」
「だーめ! ほら、今は恋人なんだから、やるの。あーーん」
徳人は周囲を気にしながらも、迷いに迷って……仕方なく口を開けた。
「あーん」
「美味しい?」
「ああ、美味しいよ」
何故かそのセリフは棒読みになってしまう。
すると次は私の番だと、凪は顔を近づけて徳人の「あーーん」を待っていた。
小さく嘆息しながら徳人もスプーンで適当なところを掬って凪の口の中に運んであげる。
「ほらよ」
「あーーんっ」
本当に幸せそうに食べる凪を見ていると、徳人もだんだんと悪い気はしなくなってきた。いや、恥かしいだけで最初から悪い気はしていなかったのだけど。
そうして二人は結局楽しみながら食事を終え、外へと出てきた。
「ああ~、楽しかった」
「そこは美味しかった、が正しいだろ」
「えへへ」
凪は一人先に道を歩いていく。完全に浮かれている状態だ。
「凪、危ないぞ」
「ねえ、お兄ちゃん」
呼ぶと凪は足を止めて振り向く。
「次は本当の恋人になって行こうね!」
照れているのか凪は頬を赤らめている。
そんな凪に聞こえないボリュームの声で徳人は呟いた。
「ばーか」
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