第11話 徳人のこだわり

「お兄ちゃん、暇~!」

「課題は終わったのか? 予習は? 復習は?」

「全部終わってるもん! だから、お兄ちゃんは暇な私の相手をしなくちゃいけないのです」

「随分とぶっ飛んだ理屈だな」


 昨日もゲーム三昧でかなり遊んでやったと思うのだが、どうやら日曜日も徳人に構ってほしいらしい。

 徳人はリビングのソファでマンガを読んでいる。溜まっていたマンガも今読んでいるものでラストだった。

 まぁこれ読み終わったら、後はアニメ見るかゲームするかしかないから、ちょうどいいかな。


「じゃあ、ちょっと待っててくれ」


 残りのページをそそくさと読み終えると、パタンとマンガを閉じる。

 マンガの表紙カバーは予め外しており、読み終えたマンガに綺麗なイラストの描かれた表紙カバーを丁寧にはめていく。


「なんでマンガ読むとき、いつも表紙のやつ外すの?」

「ん? だってマンガを読むとき、汚れたりすることが時々あるだろ? それが嫌なんだよ。表紙とかきれいな状態で保ちたい」

「だったらブックカバーとかでもいいじゃん」

「ページを開くときにカバーが曲がったり、崩れたりするのも嫌なの。だから俺は基本ブックカバーはしないし、ブックカバーは外で気兼ねなく読むために使うことの方が多い」

「へぇ~」

「あくまで俺の感覚だけどな」


 凪は納得するように頷きながら、マンガと徳人を交互に見比べる。


「な、なんだよ……。マンガが読みたいなら貸すぞ。汚したり曲げたりしたら殺すけど」

「ひどッ! あ、でも後で借りるかも。そうじゃなくて、私ってお兄ちゃんのそういう細かいこだわりとかって知らなかったんだなって」

「急にどうしたんだ? 熱でもあるのか?」

「お兄ちゃん、さっきから酷いよ? 可愛い妹はもっと可愛がらないと。もっと甘やかさないと」

「そんなことをしたら、お前はいつまでダメ妹のままじゃねえか」

「むぅー!」


 凪はわざとらしく睨みつけるが、それもすぐに解除される。


「でもお兄ちゃんってマンガの貸し借りには厳しいよね。確か、一回本気でキレた時もあったし」

「ああー、あったな。よく覚えてるなぁ」

「だって本当にお兄ちゃん怖かったもん。私も声かけづらかったし」


 徳人も当時のことを思い出す。

 あれは確か俺が中学二年生の時で、友達にマンガを五冊ほど貸したら、ページの所々は折り曲がっているし、表紙のカバーも指紋やらよく分からない汚れが付着しているしで、激怒したのである。

 それからというもの、徳人からマンガを借りる人も、徳人がマンガを貸すこともなくなった。


「だってさ、最悪だろ? こちとら少ない小遣いで買ったマンガをあんな風に扱われたらさ。保存用とかって二冊ずつ買えたらまだよかったんだけど、それもできなかったし」

「変なところで細かいよね、お兄ちゃんって」

「そうなのかな……」


 凪に言われると、徳人もあの時は少々友達に言い過ぎたと反省する。今さらだが。


「でも、それだけ好きで大切にしてるってことは伝わるから、私はいいと思うよ」

「……」

「……?」

「なんか今日の凪は気持ち悪いな」

「だからさっきから酷くない⁉ それじゃ、妹からモテないよ!」

「妹からモテてどうすんだよ……」


 徳人は部屋に戻ろうとすると、扉を開けたところで凪を手招いた。自分から部屋に招くなんて珍しいので凪も頭に「?」を浮かべて小首を傾げる。

 徳人の部屋はシンプルなものだが、壁沿って立っている本棚には数えきれないほどのマンガが並べられている。しかもどれも保存状態も良く、埃一つ乗っていない。


「なんか読むか?」

「お兄ちゃんのお勧めは? お兄ちゃんの一押しを読みたい」

「そうだなー……、じゃあ、これはどうだ?」


 と渡されたのは、少年漫画みたいなバトルものではなく、繊細なタッチのイラストが特徴的な恋愛ものだった。


「それ、めっちゃ好きなんだよ。話もそうだけど、何より絵がいい。キャラの表情とかよく描けてるよ」

「じゃあ、これ読む」


 人にマンガを貸すなんで、久しぶりだった。マンガ話で盛り上がることは出来ても、もうずっと貸し借りして盛り上がるなんてことはなかった。


「読み終わったら、感想言うね」

「ああ、楽しみにしとくよ。あ、それと――」


 三巻まで手に持って、凪が部屋から出て行こうとするところで徳人が優しい笑みを浮かべながら続けて言った。


「それ、汚したらマジで許さないから」

「もう……。でもお兄ちゃんの好きなものだから、私も大切に読むよ」


 そう言って凪は出て行く。

 近いうちにまた、何か面白そうなマンガでも探しに行くかな。

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