第10話 ゲーム対決(ガチ)
凪からの無理やりな命令により、土曜のお昼を過ぎた頃、二人は昼食を摂り終えるとリビングのTV前に座っていた。
TVの電源は点いているが、液晶には番組ではなく大きなタイトルロゴが浮かび上がっている。二人の手元には黒のコントローラーが一つずつ握り締められていた。
そう、今から一緒にTVゲームをするのである。
「お兄ちゃんとゲームするの久しぶりだね」
「だなぁ。最後に何やったのかも覚えてないや」
徳人はアニメを見たりマンガを読んだりするのが好きなのだが、ゲームを人並み以上には嗜んでいる。
しかも一番好きなのはFPSのシューティングゲームだった。他にもシナリオメインのゲームもよく一人でやっている。
その為、中学の時も実家ではよく一人でTV前を占拠して黙々とゲームをしていた時期もある。
凪は勝手にPG《プレイ・ゲーミング》4の電源を入れて、ソフトを入れている。
「んで、何をするんだ?」
「お兄ちゃんの好きなやつだから、大丈夫だよ」
「んん?」
徳人は小首を傾げながら、その液晶のゲームタイトルに目を丸くした。
それは去年発売された超人気タイトルの一つ、「ガンファイター・シューティング」というゴリゴリのFPSシューティングのゲームだった。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!ガンファイか!」
徳人もタイトルを見ただけで一気にテンションが爆上がりする。
なんせ徳人は去年、慣れない一人暮らしというのと、学校生活や部活動の忙しさ、バイトなどの兼ね合いでこのゲームを買うこともプレイすることもできなかったのだ。
なんなら去年の一番後悔が、このガンファイをプレイできなかったこと、と言えるほどである。
「でも、なんで凪がこれを持ってるんだ?」
そこが一番の疑問だった。
凪はもちろん、普通の女子はあまりこういうFPSのシューティングゲームなんてやる人は少ないはず。しかも普通にオンラインのマルチ対戦で人を銃やナイフで殺すゲームなので、血のエフェクトや、死に方はよりリアルに表現されており、なかなかグロいゲームとなっている。
凪は「クックックッ」と不敵な笑みを浮かべて、ドヤ顔で徳人をチラリと見た。
「実はずっとお兄ちゃんゲームしたくて、去年実家でずっと練習してたの。よく家でこういうのやってたなって思って、調べたらなんかこれが人気作っぽかったから買って、結構やり込んだんだよ」
「マジか……」
凪とやるゲームなんてちょっとしたファンタジーものやRPG、後はマ○オとかそういうゲームばっかりだった気がする。
だから自然と一緒にゲームをすることは少なくなったし、一人で黙々とする方が集中もできて楽しかった。
ていうか今思ったけど、こいつ受験シーズンに何してんだよ……! 普通、受験生ならゲームを我慢しないといけないのに、買ってさらにやり込んだって……。
呆れた顔をする徳人だったが、楽しそうにゲームが始まるのを待つ凪の横顔を見て、やっぱり凪は凪だな、とどこか感心してしまう。
「じゃあ、始めるよ」
なぜか液晶は二つ用意されており、ちゃんと二つの画面でそれぞれ操作する。
きっと母さんたちに「私も部屋にTVが欲しい!」なんて我儘を言って買ってもらったんだろう。絶対最初からこの為だと思うが。
凪は慣れた捜査でコントローラーを動かしていくが、徳人は初めて触るためまずは自分の装備を選び始める。
このゲームではマルチ対戦が主な遊びで、もちろんストーリーモードもあるが、やはり二人でやるならマルチ対戦である。
カスタム画面から、使うキャラや武器、武器のサイトやグリップなどのカスタマイズも行っていく。初見とは言え、徳人もこれまでにそれなりの数のゲームをしてきたから基本的な操作や進行過程は同じなので手間取ることもなく、順調に設定していった。
「よし、こんなもんかな」
「準備できた? じゃあ、そろそろロビーに入るよ」
と言うとホストの凪はマッチング画面に移動して、徳人の画面も遅れて同じ画面に変わった。
プレイするモードはチームデスマッチだ。
王道的なルールで、オンラインで繋がったプレイヤーが十対十で殺し合い、先に百キルした方が勝ちというルールである。
ロード画面に移ると、いよいよゲームがスタートする。
「お兄ちゃん、足引っ張んないでね」
「俺を嘗めるな。そっちこそ、ビビッて0キルとかなんなよ」
徳人の表情も、凪の目つきもガラリと真剣なものへと移り変わる。握るコントローラーには僅かに汗も付着する。
ゲームが始まった。
「行くよ!」
「おう!」
凪とは同じチームなので、敵はマップの反対側にいる十人のプレイヤーだ。
徳人の使う武器はAR《アサルトライフル》で主に遠距離、中距離での撃ち合いを得意とする武器だ。マップの配置は頭に入っていないが、初手は慎重に敵の出方や、味方の動きに意識を向ける。
ダッシュボタンで移動して、角の部分で銃を覗き込んだ。レッドドットサイトで標準をヘッドラインに予め置いておく。
このゲームでは流石にヘッドショット一発では死なないが、それでも半分以上の体力が削られる。
その時、タイミングよく敵が現れた。見えたと思った瞬間には既に徳人の指は動き、トリガーが引かれている。
「よし、右一人カット」
「ふーん、やるじゃん」
今の銃声でマップには自分の場所が一時的に表示されてしまう。徳人はすぐに移動を開始した。
「……え⁉」
その時、チラリと横の凪の画面を確認すると、思わず徳人を声を洩らして二度見してしまった。
凪の使っている武器はSR《スナイパーライフル》で、走りながら視界に入った敵に次々とクイックショットを披露していたのだ。
クイックショットとは、それなりSR熟練者が使う、撃ち方で、プレイする一人称の画面のまま敵を補足すると同時に、画面に中央に敵を捉え、スコープを覗きむとほぼ同時に引き金も引き、敵を撃つプレイである。
これは動体視力もそうだが、SRは遠距離特化の武器であるがため、移動中や近接での戦闘がかなり不利になってしまう。しかし、大体の勘で、敵の補足とスコープ越しでの補足を一緒にすることで、中距離だろうが移動中だろうが関係なしに敵を仕留めることが出来るのだ。
それを凪は最初からそのプレイスタイルで、1キル、2キル、3キルとキルを重ねていく。
SRは基本、1ショット1キルの武器なので当ててしまえば、こっちのもの。
「お前、どんだけやり込んだんだよ……」
「んー、覚えてないかも。プレステージは十周以上から数えていないし」
「あはは……」
もはや徳人も苦笑いしか出てこない。
これはもう化物である。いわゆるガチ勢と同じだ。
しかしこのままでは兄貴としての面目が立たない。俺だって、かなりFPSはやり込んでるんだよ!
そこからのゲームは凪と徳人の二人のプレイヤーによるキルの奪い合いだった。
死ぬことより殺すこと、を優先したせいで、誰よりも先に早く多くのキルを奪うもはや違うゲームになっていた。
「終わったぁ~!」
ようやく百キルに到達して「WIN」の文字が大きく表示されている。
しかし問題はスコアだろう。
「私が一位だね」
「四十一キル一デスとかお前チーターか?」
「そういうお兄ちゃんだって初見で三十五キル三デスっておかしいでしょ……」
つまり二人で七十六キル……七割以上のキルを取ってしまったのである。
しかし凪も徳人も納得していないようで、互いに睨み合ってしまう。
「ここははっきりとタイマンで決めようぜ」
「いいよ。じゃあ、ちゃんと罰ゲームもつけよう。勝ったら、負けた方に何でも言うことを聞かせられる」
「ああ、上等だ。お前には負けねえ」
「私こそ、絶対に負けない」
二人とも目がガチである。
今この瞬間だけは家族でも兄妹でも同じ高校の先輩後輩でもない。ただのライバル、殺すべき敵である。
カスタムマッチで一対一の真剣勝負が始まる。
凪はもちろんSRで、徳人も得意とするARだ。
そこから日が完全に暮れるのにも気づかずに無我夢中でゲームをしていた。おそらく三十戦以上はやっただろう。
流石の疲労感で徳人も身体の一部と化していたコントローラーを手放した。
「参った。俺の負けだ……」
そう、結果は接戦の接戦で徳人の負けで終わったのである。
ソファに座って背凭れに寄りかかりながら顔を天井に向ける。
すると徳人の膝の上に重く温かく柔らかい感触が覆いかぶさった。
「んふふっ」
「お前、やり込み過ぎ。受験シーズンで何やってんだよ」
「だって、お兄ちゃんとこうやってゲームしたかったんだもん」
「その為だけに、ここまで練習したのか……」
もう嬉しいのか悔しいのか分からなくなってくる。
だが、負けは負けだ。ちゃんと約束は守るし、男に二言はない。
「んで、何をしてほしいんだ? 結婚とか無しだぞ」
「ち、ちがうもーん!」
凪は唇を尖らせて言う。
すると凪も身体を徳人の身体に寄せて、楽な体勢を作った。
凪のサラリとした髪が顔に当たってくすぐったい。
「ねえ、もう少しだけ、このままでいさせて」
「そんなのでいいのか?」
「……うん」
凪は穏やかな顔で目を瞑りながら頷く。
てっきり「子供を作ろう」とか「また一緒に寝たい」とか言い出すのかと思っていたが、これもこれで今思うと気恥ずかしくなる。
でも徳人もそれを我慢して、しばらくはこのままでいてやることにした。
これは……別で何かしてやるかな。
そんなことを考えながら、疲れで二人とも寝落ちしてしまうのは、すぐの話である。
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