第16話 風邪1

 それはとある平日。


「おはよー……お兄ちゃん……」


 凪は基本的に朝が苦手だ。

 低血圧ということもあり、毎朝目覚ましをセットしても完全に起きあがるまでには時間がかかる。

 そのため、凪が起きた頃には既に起きている徳人が朝食を作って待っていることが多い。


「あれ……? お兄ちゃん?」


 しかし、今日はその兄の姿が見えなかった。

 もしかしてまだ寝てる? まさか徹夜でアニメ見てたのかな? それともゲーム? それともマンガ? 勉強は流石にありえないし。

 徳人は真面目で勉強もしっかりとするが、普段から徹夜までしてやるタイプではない。

 でも寝坊なんて珍しい。


「お兄ちゃん、まだ寝てるの? もう朝だよー」


 扉の前で呼びかけるも反応がない。

 しかし中から物音は聞こえていた。そして扉がゆっくりと開かれる。


「よ、よう、凪……」


 そこから出てきたのは、明らかに気分の悪そうな顔で立っている徳人だった。今にも倒れそうなほどにフラフラとした足取りで、壁に手を当てながらようやく立っている。


「お兄ちゃん⁉ どうしたの⁉」

「悪い、ちょっと体調が悪くてな……。すぐに飯作るから、待っとけ」

「いいよ、そんなフラフラじゃできないって!」


 それでもキッチンへ向かおうとする徳人は、ついに膝から崩れるように倒れてしまった。咄嗟の瞬発力で、凪はそれを抱き支える。

 辛そうな呼吸をする徳人の額に、手を当てた。

 人の体温ではないほどに熱い。

 たぶん三十八度以上はある。


「すごい熱だよ! 無理しないで寝とかないと!」


 そのまま肩を貸して、ベッドまで運んであげる。

 しっかりと布団をかけて身体が冷えないようにすると、徳人の手が凪の腕をつかんだ。


「俺のことはいいから、お前は学校に行け」

「絶対に嫌! そんなお兄ちゃんを放って学校なんて行けるわけないでしょ。いいから、ゆっくり休んでて」


 そう言うと凪は急いで冷蔵庫の中に冷やしてあった市販の熱さまシートを取り出して、すぐさま徳人の額に張ってあげた。


「よし、後は……」


 凪が呟くと、腹の虫がぐるる~と空腹を訴える。

 まだご飯も食べていない。風邪を引いた時の定番は、うどんかお粥だ。

 凪は速攻でキッチンへと向かった。


「で……お粥ってどうやって作るんだろ……」


 キッチンへと向かったのはいいが、完全に手が止まった。

 いつも料理全般は徳人が作ってくれるのだ。凪はと言うと、バレンタインや徳人の誕生日にお菓子を作ってあげる以外に料理をしたことがない。

 そこで文明の利器とも呼べるスマホを取り出し、すぐさま検索エンジンで調べる。すると簡単レシピがずらりと出てきた。

 やっぱりネットなくして生きていくのは不可能だと実感する。


「これなら私でも作れそう!」


 凪は生まれて初めてのお粥作りに移るのだった。

 特に包丁とか使うわけでもなく、案外簡単に作ることが出来た。お鍋でいい感じに出来上がったお粥をお椀に盛り付けて、ちょうど梅干しもあったので一個投入する。


「おお、やればできるじゃん! やっぱ私って天才!」


 喜びに浸るよりも、早く徳人のところに持っていくことにする。

 お盆に乗せてノックすることもなく扉を開ける。


「お兄ちゃん、お粥作ってきたよ」

「ん……」


 まだ苦しそうにしながらも目を開けてこちらを向く。


「起き上がれる?」


 凪の補助で体を起こすと、お盆に乗ったお粥に目をやった。


「凪が作ったのか?」

「うん、ちゃんと調べて作ったから大丈夫だよ」

「ありがと」


 素直なお礼に凪は一瞬ドキッとしてしまうが、そんな照れを隠すようにスプーンでお粥を掬って、フゥーフゥーと熱を冷まさせると徳人の口まで運んであげる。


「はい、あーん」


 風邪のせいか、徳人は素直に口を開けた。


「どう?」

「うん、美味い」

「よかった~。まだ食べる?」

「うん」


 注いだ分は全て食べると徳人は再び横になる。


「後で薬持ってくるから」


 凪が言う頃には、徳人は眠りに落ちている。

 そんな徳人の傍で凪も腰を落ち着かせた。布団の中に自分の手を突っ込み、徳人の手を握ってあげる。

 昔、凪が風邪を引いた時も、徳人がよくこうやって手を繋いでいてくれたのだ。

 お兄ちゃんが傍にいるって思うと不思議と安心して眠ることができたのを今でも覚えている。


「お兄ちゃん、私がここにいるからね。ずっと傍にいるよ」


 そうしていつの間にか凪の意識もだんだんと眠りへと落ちてゆくのだった。

 気がつけばもう昼過ぎだった。

 目が覚めた凪はハッと顔を上げて、徳人の様子を確認する。


「やっとお目覚めか?」


 徳人は横になりながらも目を覚ましている。


「お兄ちゃん、具合はどう?大丈夫?」

「まだ熱もあるし、しんどいけど朝よりはマシになってる。薬も飲んだし」

「あ! ごめん……私寝ちゃってた……」

「いいよ。ずっと手に握っててくれたんだろ? ありがとな」


 未だに握っている手の感触に凪は頬を赤らめる。


「な、なにか欲しいものある? 飲み物でも食べ物でも」

「いや、いい。もう少しだけでいいから、こうしていてくれ」

「……っ! うん」


 まさか徳人の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。


「お兄ちゃんも私が傍にいないと寂しいもんね」

「うっせえ」


 冗談で笑えるほどには元気になっている。

 だからもうしばらく、このままでいることにした。

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