特別編 お兄ちゃん・オア・お兄ちゃん!
十月三十一日。
世の中ではハピーハロウィンの時期である。
仮装をしたり、「トリックオアトリート」とお菓子を配ったり貰ったりするイベントなのだが、徳人は滅茶苦茶ハードな部活を乗り越え、クタクタになって家へと帰ってきた。
凪はと言うと、何やら用事があるとかで先に帰ってしまった。
まぁ凪なら多少は部活を休んでも問題ないのだが、帰った理由もなんとなく想像がつく。
きっとハロウィンで家で何か準備をしているんだろう。
「ただいまー」
家に帰ってくるが、部屋の中は真っ暗だった。
なるほど、電気を点けた瞬間に驚かす作戦か?なんて考えながら、照明のスイッチに手を伸ばす。
カチッとスイッチが入ると、部屋は一気に明るくなり目が眩む。
その時だった。凪の部屋の扉がガチャッといきなり開くと凪の姿がぴょんと現れた。
「わぁ!」
「うおっ!」
なんとなく分かってはいたものの驚いてしまう。
「な、凪……それは仮装か?」
「……うん」
「そうか」
凪は部屋着ではなかった。そうだな、端的に言うなれば、悪魔だった。デビルコスプレと言うべきか、頭には悪魔っぽい角のついたカチューシャをはめており、全身は黒を基調としながらも肌の露出度も高い衣装で、お尻には悪魔っぽい尻尾までついている。
珍しく爪にも悪魔っぽいマニキュアをしていた。普段はマニキュアなんて全然使わないのに。
「……」
「…………何か言ってよ、恥かしいじゃん」
「えっと……似合ってるぞ?」
どうやら、仮装することもそうだが、この露出度の高いの衣装を着たのに相当な覚悟を決めたらしい。
恥ずかしそうに胸元や太ももを腕で隠そうとする。
恥かしいならそういうの着るなよ……。
「恥かしいから、やっぱ見ないで!」
「ええー……」
そう言われると逆に見たくなってしまうのが人間の性ってやつだ。
徳人は自然にスマホを取り出すと、カメラアプリを起動させて、カシャッとシャッターを押した。
「な、なな、なんで写真撮るのよ!」
「え、凪が可愛かったから記念に?」
「ひ、ひどい! こんな恥ずかしい恰好をして赤面する妹の写真を撮って、ぐへへいいぞいいぞ~、そのまま脱いでしまえ、なんて言うなんて変態鬼畜お兄ちゃん!」
「随分な言いがかりだな! だが、写真は撮るけど」
日頃我儘につき合わせたり、からかってくるお返しだ。恥ずかしがるプチデビルな凪の貴重な写真を撮ってやる。そして、これを後の交渉材料としよう。
数枚撮ると、このままでは流石に収拾がつかないと思い始めたのでスマホを仕舞う。
「んで、これはハロウィンの仮装ってことでいいんだよな」
「うん、お兄ちゃんが帰ってくる前に準備してたの」
「そっか」
すると凪はまだ恥ずかしさが残っているのか頬を紅潮させながら、上目遣いで徳人を見つめた。
徳人は、そう言えばお菓子とか何も用意していなかったな、とふと思い出す。
「トリック・オア・お兄ちゃん!」
「……は?」
ポカーンと口を開けたまま聞き返した。
「だから、トリック・オア・お兄ちゃん!」
「トリック・オア・トリートじゃないのか?」
「別にお菓子はいらないもん。だからトリック・オア・お兄ちゃん。お兄ちゃん今日だけ好きにさせないと、悪戯しちゃうぞ!」
ガオッと悪魔っぽいのか分からないが、怪獣のポーズをとる。
それは可愛らしいと思うのだが、やはり言葉の意味が理解できない。
「つまり……俺はどうすればいいんだ?」
「今日だけ私の言うことを聞くか、今日だけ私に悪戯されるかのどっちか選んで!」
「それどっちも変わらねーじゃねーか!」
「ほーら選んで! じゃないと悪戯しちゃうぞ!」
だからそんな可愛く言っても無駄だからな⁉
徳人は悶々とどうするべきかを考える。
「どっちにする? お兄ちゃん?」
「……はぁー」
深い溜息と共に、意を決した。
「んじゃ、お兄ちゃんをあげますよ」
「やったーー! お兄ちゃん大好き! 愛してるー!」
凪がガバッと抱きつてくる。両腕が強く回り込み、苦しさもあるが何より凪の二つの柔らかな膨らみがダイレクトにお腹のあたりに押し当てられ、男のシンボルが反応してしまいそうになる。
ただでさえ色気のある仮装なのだから、凪はもっと自重すべきだ。
けど、そんなことは微塵も考えてなんかいないだろう。
「あ、この後お菓子も作ろうと思うけど、お菓子はいらないかね、悪魔ちゃん」
「くれるって言うなら、貰ってあげる、下僕お兄ちゃん」
「おい、誰が下僕だ。ったく……、あんま調子乗るとお菓子あげないぞ」
「えへへ、それでもお兄ちゃんは優しいから、お菓子もくれるし、私に悪戯だってされてくれるもん」
「結局、これってハロウィン関係あるのか……? トリック・オア・トリートの欠片もないぞ」
「んー、じゃあ、これならいいかな? お兄ちゃん・オア・お兄ちゃん・オア・お兄ちゃん!」
「マジで意味が分からん。全部俺じゃねえか」
「私にはお兄ちゃんさえいれば、それで十分ってこと! 分かった? こんなに妹に愛されてるんだから、嬉しく今日は我儘を聞いてね」
どうやら、凪にとってはイベントは口実であり、結局のところ考えることはいつも同じなのだ。
けど、なんだかんでハロウィンは楽しみたいようでその後、徳人まで仮装して一緒にお菓子作りをして、カボチャ尽くしの夕飯を食べて、針が「十二」を回るまで思う存分ハロウィンに付き合ってあげたのだった。
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