第37話 合宿5

 合同練習も最終日になった。

 最終日はいつも最後に表欄と浦笠でリレー対決をするのが恒例になっている。

 四百メートルのフリーリレーとメドレーリレー。

 普通なら男女に分けて行うのだが、今回は余興も兼ねて、男女混合で競うことになった。


 話し合いの結果、メドレーのメンバーはこうなった。


 バック・滝川凪

 ブレ・鹿部麗奈

 バタ・水嶋雄吾

 フリー・滝川徳人


 バックを徳人が泳ぐか、凪が泳ぐかで迷ったのだが、表欄はきっと結をバックに持ってくるだろうと踏み、徳人が凪を推したのだ。

 そして予想通り、表欄のバックは結に任されていた。


「勝てよ、凪」

「うん!」


 凪は前向きに返事をすると、準備をする。そんな凪に結の方から近づいてきた。


「よろしくね、妹ちゃん」

「はい。今度は負けません」


 何とも清々しい顔で言われると、結もつい口角が上がる。

 そして最終日、男女混合メドレーリレーが始まった。

 凪と結は一番手で、着水して飛び込み台の所定の場所を握り締める。


「よーい、ピッ!」


 そうして二度目の火蓋が切って落とされた。

 スタートは変わらない。凪も結も最高のスタートを切り、互角でターンに差しかかる。ここで前回は結と差がついた。

 しかし今回は違う。凪が結のバサロのスピードに引き離されなかったのだ。


「「おお!」」


 ターン後も互角の二人にギャラリーから歓声が湧く。

 最後まで勝負は分からず、ほぼ同時に次のバトンが渡された。

 設備の整っている表欄の室内プールにはタッチプレートも用意されている。これは公式大会でも使われているもので、タッチプレートにタッチすれば、タイムがパネルに表記されるのだ。

 二人は咄嗟にタイムを確認する。

 すると、一番上には浦笠のコース番号と、タイムが表示されていた。その下に0,3秒差で結のタイムが表示されている。


「勝った……」


 ほぼ同着だが、二人の勝負は凪に軍配が上がった。


「まだ勝ってねえぞ」


 凪の頭上から声が降る。見上げると、徳人が手を差し伸べていた。


「頑張ったな」

「うん、ありがと」


 凪はプールから上がり、リレーを見届ける。

 二番手の麗奈で少し表欄にリードされてしまうが、三番手の雄吾のずば抜けた速さで一気に表欄を抜かし、さらにリードを作ってくれた。

 流石は浦笠の部長である。

 しかし表欄のアンカーは部長の守谷秀一だった。一度だけ世界記録にも届いたことがある秀一から逃げるようにアンカーの徳人は雄吾のタッチと同時に飛び込んだ。

 しかし専門種目じゃない徳人に、秀一の猛反撃が迫りくる。


「頑張れ! お兄ちゃん!」


 差はどんどん縮まっていくが、これは雄吾の力添えもあって、徳人はギリギリで逃げ切った。

 だが、かなりの差があったのにも拘らず一秒差でゴールする秀一はやっぱり化物である。

 メドレーでは勝ったものの、その後のフリーでは負けてしまった。

 そうして表欄との合同練習は終わりを迎え、解散になってしまう。バスに乗り込んでいく浦笠の部員たちの中で、徳人を結は引き留めた。

 近くにはいた凪ももちろん立ち止まる。


「徳人先生。いろいろありがとうございました」

「なんだよ、急に」

「いえ、ただお礼を言いたかっただけです。それと妹ちゃん…じゃなくて凪ちゃん。次は負けないからね」

「次も負けません」


 お互いに笑みが零れる。

 ライバルの存在は、どんな練習メニューも自分を成長させる。きっと凪も結もこれからさらに速くなる。


「これは、先が楽しみだな」


 ぽつりと呟く徳人の言葉は、二人には聞こえなかった。

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