特別編(過去) 塾帰り
これは滝川徳人が中学三年生、滝川凪が中学二年生の時の話である。
受験生である徳人は、遠い地にある笠浦高校への部活推薦が決まっていた。しかし面接だけではなく、ちゃんと筆記試験もあり、さらに偏差値の高い高校であるためにこの一年間だけ塾に通うことになったのだ。
塾が終わり、徳人が出てくると外は真っ白な雪がちらちらと降っていた。地面にも僅かだが積もっており止む気配もない。
「傘とか持ってきてねーぞ……」
「お兄ちゃーん」
すると聞き慣れた声が横から聞こえてきた。
振り向くとそこには妹の凪が大きめの傘をさしてやって来ていた。
「凪」
「雪が降ってきたから迎えに来たよ」
「おお、それは助かる」
と徳人はさっそく自分の分の傘を貰おうと手を差し出すと、凪は何故か立ったままその手を見つめていた。
「……?」
少しの間が空き、ポンッと手を叩いて凪は差し出した手を握る。
「いやいや、違うから!傘だよ、傘!」
「傘はこの一本だけだよ?」
「はぁ⁉迎えに来てくれたんじゃなかったのかよ」
「だから、この傘で一緒に帰るの!普通、分かるでしょ!」
普通、分かってたまるか。
なんでわざわざ兄妹して相合傘をしなくちゃならんのだ……!
しかし雪は確実に積もり始めている。傘無しでは風邪をひいてしまいそうだった。
徳人は観念して、凪の傘にお邪魔する。
「うん、じゃ帰ろう」
と肩を寄せ合って歩き始めた。
後ろの方では、
「あらあら、仲のいいカップルなのね」
「先生、違いますよ、あれは徳人の妹ですよ」
「そうなの?じゃあ、ラブラブな兄妹なのね」
「あはは!そうですね」
なんて会話が丸聞こえだった。
それを耳にする凪は満足げな顔で、傘を持つ徳人の腕に抱きつく。
今は寒いから、まぁいっか。
「本格的に寒くなってきたね~」
「だな。もう十二月だし、コートだけじゃ流石に寒いな。これならマフラーと手袋も持ってくるんだった」
「私の貸そうか?」
凪が言うと手袋を取ろうとするで、咄嗟にその手を止めた。
「いいよ、それじゃ凪は寒いだろ」
「んー……、じゃあこうしよ!」
凪は手袋を外し、傘を握る方の徳人の手に触れた。
「これなら少しは暖かいでしょ?」
「でも、凪も寒いだろ?」
「お兄ちゃん手を握ってたらポカポカするから大丈夫。だからはい、反対の手に手袋していいよ」
スッと渡されたので、言葉に甘えて手袋を受け取った。
確かに凪の握る手はとても温かかった。
「実は私、カイロ持ってるから反対の手も温かいんだぁ」
「おい、できればそっちを俺にくれると嬉しいんだけど?」
「だーめ。私が風邪を引いちゃうでしょ」
そういう凪はまたギュッと歩きづらいと思う程に徳人に密着して家まで帰るのだった。
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