兄妹がイチャラブするお話

花枯

第1話 妹の入学

 春だ。

 ヒューッと吹き抜く風で舞い散る桜は、まるでその下に立つ二人を祝福するように広がった。


「あ、なぎ。頭に桜がついてるぞ」

「それはお兄ちゃんもじゃん!」


 互いに頭に付いた桜の花びらに、思わず笑いを零れる。


「じゃあさ、一緒に取ろ」

「はぁ? 今ここがどこだか分かってるのか?」

「分かってるってば!」


 頬を膨らませる凪。

 いつも見ている顔なのに、なぜだろうか。その時の凪はいつもよりもかわいく見えてしまった。

 ああ、俺も相当な重傷だな。


 なんて思いながらも、凪の言葉に逆らうこともできず、身長の高い徳人のりとは膝を曲げて身を屈める。


「ん、それでよろしい」


 どうやら凪も御満足のご様子だ。

 そして凪は徳人の頭に手を伸ばし、徳人も凪の頭に手を伸ばした。一枚のピンクの花びらを摘む。後は普通に離れるだけのはずなのに、凪は最初からこれを狙っていたのだろう。

 近づいた徳人の首に両腕を回してきたのだ。

 ギュッと抱きしめられる。


「お、おい⁉」

「えへへ~!いいでしょ? 入学祝、入学祝!」


 何が入学祝だ!

 凪の体温が制服越しに伝わってくる。とても温かい。

 凪の発育の進んだ二つの膨らみが押し当てられている。とても柔らかい。

 凪の吐息が耳元で聞こえる。少しくすぐったい。

 これじゃ、まるで俺の方が得している気分になっちまう。


「もういい加減離れたらどうだ?」

「ええ~! 普通、こんな可愛くて愛されている妹が抱きついてるんだから喜びながら、このままずっと離れたくない、って言うところでしょ⁉」

「お前にとって俺はどんな変態シスコン兄貴なんだよ……」

「事実でしょ?」

「はぁー……」


 もはや否定する気にもなれない。これ以上何を言っても、結局は凪の都合の良い解釈で終わってしまうのだ。

 まるで世界は自分を中心に回っている、みたいに考えているこの超自己中心的思考の持ち主、滝川たきがわ凪は。


「だが、いい加減離れないと、他の新入生や在校生が来ちまう。こんなところを見られたら……」

「見られたら……?」

「ク……ッ!」


 凪はもうとっくに分かりきっている言葉をニヤニヤ顔で訊ねる。

 すげえ、ムカつく。一発殴りたい。割とマジで。

 こいつは俺の反応を楽しんでいるのだ。こうして赤面している俺を見て、ずっとニヤニヤして、そんで勝ち誇った顔を浮かべる。

 このままじゃ、兄貴としての面目が立たない。

 そうだな、ちゃんと凪にも入学祝をあげないとな。


 徳人は自然な手の運びで凪の頬に手を添えた。スベスベとした白い肌を親指でなぞる。

 フニフニとした肌が気持ちいい。お餅みたいだった。そしてもう片方の手で、凪の眉に掛かっている前髪を優しく上げた。

 頬と同じように綺麗な肌が露わになる。


「え……、お、お兄ちゃ――」


 そのまま露わになったおでこに、徳人の唇がそっと触れた。


 どうだ!これが俺からの特大サヨナラ満塁ホームランの入学祝だ!


 ほんの数秒だったと思う。だけど、凪にとっては数十倍にも感じるほど、長く永遠の時間に感じ取れた。

 どんな顔をしているのか拝むために顔を離すと、そこには満更でもない幸せそうに涙を浮かべる凪の顔があった。


 少しやりすぎただろうか。


「凪……?」

「お兄ちゃんの……バカ!」


 急にフルスイングのビンタが飛んでくる。

 流石にこんな至近距離でのビンタを躱すことなんてできるわけもなく、クリティカルで徳人の頬を捉えた。

 バチンッといい音が鳴った。


「いッッてええええ!」

「お、お兄ちゃんのバカ! バカ、バカ、バカ! あと、大好き! ありがとッ!」


 罵りたいのかお礼を言いたいのかどっちかにしてくれ。

 耳まで真っ赤にした凪はそう言って、一人先に歩き去っていく。

 そろそろ新入生も集まる時間だ。


 今日は凪の高校入学式。

 今日からまた同じ制服を着て、同じ通学路で、一緒に学校生活を過ごすことになるのだろう。

 そう考えるだけでため息と不安が止まらないが、それでもまた楽しい日々が待っているんだろうなぁ、とも思っている。

 新入生たちに溶け込む凪の姿を眺めながら、徳人はふとした疑問を思い出した。


「そう言えば、凪って家を出て、この高校に入ったのはいいけど、どこに住むつもりなんだ……?」


 なんとなく嫌な予感がした。

 そう、嫌な予感が。

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