第14話 練習

 今は放課後。


「次は五十メートル、二十本いくよ! 種目は専門で、それぞれのサークルするタイムはちゃんと考えること!」

「「はい!」」


 校内の室内プールにて、気合いの入った返事が響き渡った。

 水泳部には合計十人の一年生が入部することになり、二年生や三年生の先輩たちも日々の部活動に真剣さが現れる。

 各レーンには、学年や種目、速さなどによってそれぞれの場所に分けれているが、第一レーンにはたった二人だけが入っている。

 滝川徳人と滝川凪。この部の期待とされるエースである。


「二人はバックでいいわね?」

「はい」

「大丈夫です」


 徳人と凪は呼吸を落ち着かせながら鹿部麗奈に言う。


「タイムはそっちで決めていいわ。私は他の一年生たちに説明するから」


 そう言って鹿部は他のレーンにいる一年生たちの方に行ってしまう。

 今からするのは五十メートルを連続で二十本泳ぐものだ。そこにタイムを設けて、そのタイムまでに泳ぎ切り、タイムが来ればスタートしてまたそのタイム以内に泳ぎ切るというのを二十本する。

 徳人と凪に関しては専門も同じであり、何より速さも周りと別格のため、こうして第一レーンに入れられているのだ。


「タイム、どうするの? お兄ちゃん」

「そうだな……たった二十本だし、三十五秒くらいでいいんじゃないか?」

「わかった。私もそれでいいよ」

「遅れるなよ」


 少し嫌味ったらしく徳人が言うと、水中で凪がすねを蹴ってきた。


「イッタ!」

「お兄ちゃんには負けないから!」


 凪は言うと、プイッとそっぽを向く。

 水泳になると凪は徳人に競争心をむき出しにする。昔から凪は徳人の背中を見て育ってきたが故に、こうして唯一同じ土俵に立てる水泳では負けたくない気持ちがより一層強くなるのだろう。

 凪が水泳を始めたきっかけだって、俺が習い始めたからだしな。

 すると凪は再び徳人の方を見る。


「お兄ちゃんこそ、遅れたら罰金だからね!」

「はいはい」


 足が攣るとかない限りそれはないだろう。

 すると麗奈も隣の二レーンに戻ってきた。


「上から始めるよ!」


 プールサイドに立つ大きな時計のようなものを見ながらそう言う。時計の針は一本だけで一分で一周する針のみだ。

 これで時間を見て、スタートしていくのだ。

 五十秒を過ぎると、みんながスタンバイする。

 一番手はもちろん徳人だ。一番速い人が先に行った方がいいだろう。

 針が真上に到達すると、徳人は前方に背を向けて水の中に潜り泳ぎ始めた。徳人はいつものようにスムーズにフォームを意識しながら泳いでいく。

 五十メートルを泳ぎ切りタイムを見ると、五秒ほど余裕があった。

 すぐ後から凪も到着する。

 そのまま三十五秒で再びスタートを切る。それをひたすら繰り返すのみだった。

 だが、流石に二十本目ともなると、息が上がりギリギリのタイムで壁にタッチする。


「ップハァ! ハァ、ハァ、ハァ……」


 ゴーグルを外し、破裂しそうな心臓の鼓動を整えるためにしっかりと呼吸する。凪も三十五秒ギリギリでなんとかタッチして、同じように肩で息をしながらコースロープに寄りかかった。

 フリーの人達は終わっている人もいたが、ほとんどの人はまだ泳ぎ続けている。

 まだ完全に呼吸が整っているわけではないが、徳人はフッと笑いながら言う。


「……遅れなかったな」

「当たり前、でしょ……。これぐらい、余裕だし」


 なんて強がりを言う凪だが、明らかにもう限界だっただろう。もう二、三本追加してたら遅れていたに違いない。

 だが、今日まで凪は浦笠高校水泳部の練習メニューについてきていた。他の一年生はまだちらほら遅れてしまう人もいたのだが、凪だけは一度たりとも先輩たちにおくれを取っていない。

 その時点で他の一年との差は明らかだった。

 その後、練習が終わりダウンに入ると一年生たちは死んだような目でダラ~と泳いでいた。

 一足先にダウンまで終えた徳人と凪のもとに部長の水嶋雄吾と副部長の麗奈がやってくる。


「ご苦労だった、徳人、徳人の妹公」


 ハードなメニューだったのにも関わらず雄吾は相変わらずの口調で声を掛けてくる。そこは流石、三年生といったところか。


「こら、ちゃんと凪さんって名前があるんだから、失礼な呼び方をしないの!」

「あはは……」


 麗奈に叱られる雄吾を見て、凪は苦笑を洩らしている。


「ふむ、ならば凪殿、と呼ばせてもらおう」

「でも本当に速いわよね。練習にもちゃんとついてきてるし、これは大会が楽しみで仕方ないわ」


 麗奈に言われると凪は謙虚に「そんなことないですよ」と首を振る。


「徳人君と凪さんがいれば、本当に今年の夏はいい結果が残せると思うの。もちろん私たちだって負けずに練習するけど」

「そうだ、お主ら二人がいれば我が部も百人力よ!」


 低音を利かせた雄吾のセリフはゲームに出てきそうな武将みたいに聞こえる。


「でも私はまだまだです。私の目標はお兄ちゃんですから!」


 そう言って徳人を見ると、呆れたような顔で徳人は肩を落とした。

 凪の実力は俺のすぐ後ろまで迫っている。なんなら俺が高一の時に今の凪と勝負したら、下手したら負けてしまうかもしれないほどに。

 やっぱ凪にはいろいろと敵わないなぁ。抜かされるのだってそう遠くない未来だ。


「それじゃ、そろそろ各自着替えさせるか」

「部長、すみません。俺はもう少し練習しててもいいですか?」

「ん? まぁ、構わないが。ちゃんと片付けはするんだぞ」

「はい、ありがとうございます」


 そうして雄吾や麗奈たちは他の皆の元へと着替えるよう促しに行く。

 そんな中で徳人は再びゴーグルとキャップを握りしめた。


「お兄ちゃん、まだ練習するの?」

「ああ、凪は先に帰ってていいぞ」


 そうだ。俺は兄としてもだが、この部に期待されている以上もっと速くならないといけない。凪に追いつかれそうだなんてあってはいけないのだ。

 もっと、もっと俺が練習しなくちゃ――。


 徳人の表情は僅かに曇る。そんな徳人を見て、凪は静かにコクッと頷いた。


「分かった」

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