第35話 合宿3

 まさかの初日の練習に始まった凪と結の勝負。

 もちろん徳人は止めた。しかし表欄の部長の秀一も、浦笠の部長の雄吾も「面白い」と言って、勝負を認めてしまったのだ。


 確かに二人の性格を考えると、止めるより好きにさせた方がいいまであるが、徳人は不安でしかなかった。


「勝負はバックの百メールの一本勝負でいいな」

「うん」

「いいですよー」


 徳人の出す合図で、二人は着水する。

 二人とも相当疲れるはずだが、条件は変わらない。


「よーい」


 徳人の声の後に笛の音が鳴った。

 ほぼ同時に二人はスタートを切る。バサロキックから先に上がってきたのは凪だった。だが、水面から姿を出すと、いつものように加速する。

 しかしその加速に並んで結も水面に上がってきた。ほぼ並走で五十メートルを泳ぐとターンに入る。

 ここから差が生まれ始めた。

 さらにターン後のバサロで結が僅かにリードする。そして後半もペースを落とすどころか、上げていき、凪も負けずに喰らいついていたが結果はそのまま結の勝利で幕を閉じる。

 正直に言うと徳人には分かっていた。今の凪じゃ結に勝てないことは。


「はぁ、はぁ、はぁ……。やっぱりセンセーの妹ちゃんは速いね!」


 と結は笑顔で言うと、徳人に手を振る。

 それに比べ、凪はまるで初めて敗北を味わったような絶望的な表情を浮かべていた。

 相当、自信があったのだろう。

 それから各自、片付けをして着替えまで済ませると、表欄は解散して、浦笠は秀一の案内で今日泊まる宿へと向かった。

 その道中も、お風呂も、豪華な夕飯の時も、凪は終始落ち込んだ様子を見ている。

 全く困った妹だ。


「凪」

「……お兄ちゃん」

 夕飯を食べ終えて、一人夜風に当たる凪に徳人は立つ。

「そんなに悔しかったか?」

「だって……私の方がお兄ちゃんからいっぱいアドバイス貰ってるし、一緒に練習もしてるから……」


 それにきっと凪の中で敗北という感覚を味わうのが久しぶりだったのだろう。同期では敵無し、浦笠でも凪に真っ向で帰るのは徳人や雄吾、麗奈くらいのものだった。


 本当に凪は速くなった。だが、それ故に勝つことに慣れ過ぎている。

 これはいいきっかけだ。


「悔しいか?」

「……うん」


 コクッと頷いて言う。


「そっか」


 すると凪の頭に徳人の掌が乗った。そしてグッと徳人の方に引き寄せられる。


「お兄ちゃん?」

「大丈夫。悔しいなら、大丈夫だ。お前は俺の妹だぞ? だったら絶対にもっと速く、結よりも速くなるさ」

「……」


 凪は徳人の胸に顔を埋めて、そのまま両腕も背中に回す。その力は次第に強くなった。


「練習するか?」


 またコクッと頷き、代わりに小さな嗚咽が聞こえた。

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