第23話 たまにはツンデレ?

 私のお兄ちゃんはヲタクである。

 家では毎日のようにアニメを見るし、マンガも人よりたくさん持っている。好きな作品のグッズやフィギュアも棚に飾っていて、勝手に触ったり動かしたりすると怒る。

 そこで私は考えた。


「アニメなんかで王道なツンデレを試してみよう!」って。


 いつもは私から積極的にアプローチしているが、いい雰囲気こそなったりするものの、最後の一押しが足りない気がする。

 これではお兄ちゃんの恋人になる夢が叶わない。

 そうして凪はテストも終わり、数日間ひたすらツンデレヒロインの出てくるアニメを見まくったのだ。


「よし、ツンデレがどういうのか大体わかった!」


 凪は気合いを入れる。

 明日が楽しみだなぁ。お兄ちゃん、喜んでくれるかなぁ。

 なんて考えながら、次の日になった。


「凪、ご飯できたぞ」

「わぁ、美味しそ……ごほん!ふん、まぁ悪くないんじゃない?」

「ん?なんだ?お前の好きなだし巻き卵作ったのに……いらなかったか?」

「いるっ!」


 凪はすぐにだし巻き卵を箸で掴み、口の中へと放り込んだ。


「おいひ~~。ハッ……、ま、不味くはないかな」

「どっちなんだよ……」


 いつもと明らかに様子がおかしい凪に、徳人は「また変なことでも企んでるのか」なんて思いながらも、一緒に朝食を済ませていく。

 テストが終わっての休日である。

 部活もなく、久しぶりにゆっくりとできる日であった。


「俺この後、買い物行くけどお前もどうせついてくるだろ?」

「そんなに一緒に行きたいなら行ってあげてもいいよ」

「あっそ。じゃあ、俺一人で行くからいいわ」

「ええ!ダメダメ!私も行く!」

「だからどっちなんだよ……」


 なんてもはや理解できないまま徳人はため息を零すのだった。

 ショッピングモールにやってきた凪と徳人。

 人の多い場所が苦手な徳人がショッピングモールに行くなんて珍しいのだが、もう六月になりじめじめとした暑さも出てき始めたので服を買いに来たのである。

 長居はしたくないため、さっさと買ってそのまま夕飯の買い出しも済ませてしまおうという考えだった。

 一緒に洋服を買いに行くなんてデートみたい、なんて心を躍らせる凪に比べ、人が苦手なうえに女性の多い場所に行かなくてばいけないことに徳人は憂鬱を隠せない。


「やっぱネット買うようにしようかな……」

「だーめ!私の服だって一緒に買いたいんだから!」

「俺、服屋と美容院が一番苦手だって知ってるだろ?なんで女性の多い場所に行かなくちゃいけなんだか……。男にとっては肩身が狭すぎる」

「じゃあ、私の付き添いって感じで振る舞えばいいじゃん。ほら、こんな可愛い彼女と一緒にお買い物デートって感じで」


 正直に言うとそれで楽しんでいるのは凪だけだと思う。

 でも、少しは気持ち的に楽になるような気がする。仕方ないので徳人は凪の付き添いを装うようにした。


「いらっしゃいませ」


 女性店員の綺麗な声が聞える。


「んじゃ、俺は適当に選んでくるから、凪も好きに見てていいぞ」

「もう、それじゃ意味ないでしょ!お兄ちゃんの服、私も一緒に選んであげる」

「好きにしてくれ」


 凪は徳人にくっ付いて男性ものの並ぶ場所にやってきた。

 もちろん周りには少ないが男性が数人いる。

 早く選んで、早くここから出てしまいたい。


「あんま高くなくて、無難なやつでいいんだよなぁ」


 ファッションとかそういうのに興味ないし、格好良さよりも変に見えなければいいという感覚でいつも服は選んでいる。

 後は適当に雑誌とかで見たコーディネートを真似て買うとか、そういう風にこれまでの服を選んできたが、凪はどういうのを選ぶのだろうか……。


「お兄ちゃん、これとかどう?」


 凪が渡してきたのは、白を基調とした柄の少ないインナーに、紺色の七分袖ほどのシャツだった。

 無難な方だし、悪くないと徳人も思う。


「とりあえず着てみる」


 試着室へ向かい着替えると、カーテンをそろりと開けて凪に見せた。


「どうだ?」

「うん、格好いいよ!あっ……ゲフン、ゴホン……わ、悪くないんじゃない?」


 また朝みたいな変なノリが出てきている。


「なんだ?その変なキャラは」

「と、とにかくいいんじゃないの?」


 お前が選んだんだろ……、と言いたかったが面倒だったのでこの二着は書くことに決めた。他にも数着選び、やっと凪の番になる。


「ええー、俺行きたくないんだけど」

「なんでよ!私も選んであげたんだから、お兄ちゃんも一緒に選んでよ」

「なんで女性もののコーナーに行かにゃならんのだ……」

「ほーらっ!」


 凪に強制的に引っ張られて、徳人は女性もののエリアにやってきた。

 それを見ている若い二人の女性店員が、


「仲のいいカップルさんですね」

「ほんと彼女も可愛いし、嫌々ながらも付き合ってあげる彼氏さんも優しいわね」

「いいな~、私も彼氏に服をとか選んでほしい」

「ふふ、まずは彼氏を作るところからでしょ。あんなに仲がいなんて、よほどお互いを信頼し合ってる証拠よ」


 なんて話していることに凪も徳人も気づくことはなかった。

 凪は自分で好みの服を選ぶと徳人に見せてくる。


「これどうかな?」

「いいんじゃないか」

「じゃあ、これは?」

「うん、いいんじゃないか」

「もうー、お兄ちゃんちゃんと考えてる?」

「いやいや女子の服なんて俺に分かるか!」


 そんな男性の服にだって興味ないのに、女子のファッションまで把握するほど俺はできた男子ではない。

 なんなら最近の流行りも分からないし、知ろうともしない人間だ。

 凪もそこは理解してくれたようで「じゃあ、私が試着してくるからお兄ちゃんは感想を言って」と言って何着も手荷物と試着室に入ってしまった。


「……」


 とても居づらい。

 なんせ凪がいなくなった今、女性のコーナーに男子が一人ぽつりと立ち尽くしているだけなのだから。


「帰りてえ」


 凪はまだ出てこない。


「凪、まだか?」

「もうちょっと待ってよ」


 するとようやくカーテンが開かれた。


「どう、かな?」


 凪は少し恥ずかしそうに身のこなしを気にしながら訊ねた。


「可愛いと思うぞ」


 素直な感想を述べた。

 すると凪も頬を赤らめて、俯いてしまう。


「ふ、ふん!う、嬉しくなんかないんだからねっ!」

「なんだよ、そのツンデレのみたいなセリフは……。あ」


 そこで朝からの様子のおかしさに徳人は気づいてしまった。

 なんか今日はやけに突っかかってくるなぁと思っていたが、なるほどそういうことか!

 分かってしまうと徳人は可笑しくなりつい笑ってしまう。


「な、なによ、お兄ちゃん」


 じゃあちょっとだけ俺もからかってあげよう。


「すげえ似合ってるぞ。世界一可愛い」


 たったそれだけ言うと、凪は耳まで真っ赤にして沸騰したような顔ですぐにカーテンを閉めた。

 試着室の中で鏡に映る自分を眺める。

 せ、せせせ、世界一可愛いぃぃぃぃいいい⁉

 徳人の言葉が脳内で完全保存され、何度もリピート再生される。


「こ、ここ、これが……ツンデレの効果⁉」


 しばらく凪のツンデレキャラは続くことになり、無闇に凪を褒めてはいけないと反省した徳人であった。

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