ed カワウソが憑いてきます

 ニュースでは暖冬だと言われているが、それでも冬になればやはり寒い。十一月を過ぎると急に気温が下がり、休みの日も家の中で過ごすことが多くなった。


「ソウって冬眠とかするの?」

「冬眠はしたことがありません。でも寒い時期には洞穴などの温かいところに入って、寝ている時間が長いように思います。シュートの部屋にはエアコンがついているので快適ですが、居間のこたつに潜り込むのも大好きです。お風呂に入るときには、ぬるめのお湯がいいですね」

「風呂か。そう言えば昨日もまた勝手に風呂に入って大騒ぎしてたんだって? 俺がじいちゃんに怒られたんだぞ」

「きゅいきゅい」


 こいつ……、都合が悪くなるとすぐにきゅいきゅいで誤魔化すようになってきたな。


「きゅい、じゅるる」

「ん? どうしたんだ、鼻水出てるぞ。風邪かな?」

「おや、本当ですね。では今日は早めに寝ることにします。お休みなさい」


 次の日の朝、ソウは寝床に潜り込んだまま起きてこなかった。

 声をかけたら小さな声で、きゅいっと鳴く。


「熱があるのか? 病院に行かないと」

「病院は……嫌です、シュート。もしかしたら変なカワウソだからと、実験されて解剖されるかもしれません。それに一つ思い当たることがあるのです」

「今日は日曜日だから病院に行くとしても明日だけど、解剖しないような先生を探してみるよ。それで思い当たることって何?」

「私のしっぽって三つに分かれているじゃないですか」


 ソウは辛そうに唸りながら、しっぽを前に出して俺に見せてきた。


「このしっぽは最初は普通の一本のしっぽだったのです。それが二つに分かれた時も、三つに分かれた時も、思い出せばこんなふうに熱が出て辛かったような気がします。もしかしたら今日が三百歳になる日なのかもしれません」

「……まじか。じゃあ、寝ていれば大丈夫なのかな?」

「多分このまま寝ていても大丈夫だと思います。ただ二百歳になった時、月桂樹の葉っぱを枕にしてイチゴを食べて寝たら早くよくなった気がします。月桂樹はたまたま見つけた、とてもいい匂いの葉っぱなのです。食べられませんけれど。イチゴはその時はちょうど近くに畑があったので、少しだけ分けていただきました。でも全然関係ないかもしれません」

「月桂樹にイチゴか」

「ええ。でも無くても大丈夫です。これくらい……」


 そんな話をしたあとは、また静かになって眠ってしまった。


 調べてみると、月桂樹はクスノキ科の常緑広葉樹で、古代ギリシアの時代には勝者へ与えられる冠だった。香りが強いので乾燥した葉が香辛料として使われる。今でもローリエという名前で普通に売られているみたいだ。

 イチゴもスーパーにあるだろう。

 少しだけなら、お守り代わりに買ってきてやってもいい。


 ソウの食費は、じいちゃんの好意で家計から出している。最近はゲームも買ってないし、お金を使うのはほぼ本だけ。つまり俺のお小遣いにはまだ余裕がある。


「じいちゃん、俺ちょっとスーパーに買い物に行ってくる」

「そうか。気をつけてなあ。ああ、修人、ついでに卵を買ってきてくれんかの」

「了解。いってきまーす」


 張り切って自転車をこいで近所のスーパーに来たものの……ローリエはあったけどイチゴがないのは想定外!

 イチゴって一年中売ってるもんじゃないのか?

 スーパーの売り場の人をつかまえて聞いてみると、この時期は入荷が少なくて売り切れらしい。


「クリスマスに向けてだんだん取り扱い量が増えてくる時期だからね。うちは売り切れだけど、他の店で探せば見つかると思いますよ」

「ありがとうございます」


 自転車で気軽に行ける範囲に、スーパーはまだいくつかある。少し遠くの大きめのショッピングモールに行くと、ちゃんとイチゴが売られていた。

 買ってから急いで家に帰る。部屋に駆け込むと、まだソウはぐったりしたまま寝ていた。枕元にそっとローリエの葉を散らす。少ししかないけど、いい匂いがすると思う。

 ずれていたバスタオルを直してあげると、寝ていたソウが身じろぎして薄く目を開けた。


「大丈夫か?」

「……ええ。問題ありません」

「これ、イチゴ。買ってきたんだ」

「シュート、ありがとうございます。ひとつ食べてもいいですか?」

「もちろん」


 ソウはイチゴを一つだけ受け取ってゆっくり食べると、また静かに目を閉じた。


「……いい匂いがします」

「いいから、おやすみ」

「ではあと少しだけ……」


 そのまま夜になるまで、ソウが目覚めることはなかった。


 カワウソ又の進化って、やっぱり大変なのかな。

 前は、言葉が喋れるようになったり、食べなくても生きていけるようになったりした。じゃあ今度は何ができるようになるんだろう?

 羽が生えて飛べるようになったりして。

 ははは。

 急激な変化だから、体に負担がかかるのかな?

 まさか……。

 いや、きっと大丈夫だ。


 ◆◆◆


 どうにもソウのことが気になって寝付けないまま、日付が変わった。

 時計の針が零時を少し過ぎた頃、ソウが突然むっくりと起き上がる。


「シュート、まだ寝ていないんですか?」

「ああ、もうすぐ寝るけど。ソウは大丈夫なの?」

「ええ。一日横になっていたらすっかり良くなりました。しっぽも無事に、ほら……あれ?」

「ん?」

「あれれ?……三本のままですね。おかしいですねえ」

「四本に増えて進化するんじゃなかったのか?」

「そのはずだったんですが。あっ、そういえば!」


 すっかり元気になって、その場に立ち上がったソウが、びしっと右手をあげた。


「思い出しました。私の誕生日って、春でした。イチゴの季節ですものね。まだまだ先ですよ」

「え……じゃあ、寝込んでたのは?」

「ちょっと風邪ひいちゃったみたいです。一昨日のお風呂遊びのせいかもしれません」

「おいっ」

「マアマア」


 きゅいきゅいと笑いながら、ソウが逃げ回る。

 全く。さんざん心配させておいて、これだよ。


 追っかけっこはほどほどにして、布団に潜り込む。やっとぐっすりと寝ることができるよ。

 やれやれ。

 そして朝の六時。


「シュート、朝ですよ起きてください。シュート!」

「うむむ、まだ眠い……」

「今日は学校でしょう。さあ起きて。私も憑いて行くんですから」

「お腹の上でドスドスするのはやめてえええ……」

「シュート、シュート」


 目が覚めれば今日も、カワウソが俺の後ろを憑いてきます。



【カワウソが憑いてきました おわり】




 ――――――

 あとがき


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 これは「よく喋るカワウソって面白いよね」という友達との話がきっかけです。

 最初は短編を書こうねってみんなで言ったのに、あまりに楽しくて、ついつい長編へとプロットを変えてしまい、私だけ完成が遅れることに……すまぬ。

 でも長編にしたおかげで、ここまで楽しく書くことができました。

 書くことに困っていたら、ソウが喋り出す。長い長いカワウソのおしゃべりにお付き合いくださって、本当にありがとうございます。

 次はまだ何も考えていません。ちょっと休むかなあ。また何か書いてるのを見つけたなら、ぜひ声をお掛けください!

 あ、それと、たくさんの評価をありがとうございます。大変励みになっております。

 (〃∇〃)ゞ


 安佐ゆう

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カワウソが憑いてきました 安佐ゆう @you345

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