ep2 消えたノート(1)
長いはずの夏休みもあっという間に終わって、今日から学校がある。まだ暑いし、行きたくない……。
なかには毎日部活で学校に来てた奴もいるみたいだけど、俺の部はそこまでじゃない。せいぜい補習のある日に部室に寄って練習するくらいで、だから学校は久しぶりなんだよ。
夏休みが終わって最初の登校日だから、教室の中はあっちこっちで旅行の土産話で盛り上がっていた。はよー、はよーと軽くあいさつしながら教室の一番奥まで行って荷物を下ろす。今の席は窓際の一番後ろ。ベストポジションといえよう。
午後の日差しはきついけど。
「はよー、続木」
「ああ、山口か。はよー」
席に着くと
「そういえば続木、引っ越したんだって?」
「おう。何で知ってるんだ?今日報告するつもりだったんだけど」
「小池に聞いたんだよ」
「ああ、小池か」
「新しい家は学校に近くなったんだろ? 俺も今度遊びに行ってもいい?」
「いいよ。勉強するならな。じいちゃんが、『三十分以上しっかり勉強するなら、いくらでも友達連れてきてもいいぞ』って」
「うへえ。どこに行っても勉強から逃げられないな、高校生って」
さも勉強地獄のように言ってるが、美野川高校は進学校のわりには自由な校風だ。実は宿題も他校と比べるとかなり少ない。ただ『自主自立』が学校のスローガンだけあって、言われたことだけしてればオッケーって訳にもいかない。
「宿題がないからと言って油断してると、酷い目にあうわよ。他の学校の子から『美野川高校四年制』って言われてるんだからね」
つまりちゃんと自分で勉強しないと大学受験で浪人するやつが多いのだと、部活の先輩に散々脅された。
そういう情報が出回っているからかもしれないが、中学生の時よりは勉強時間は少しだけ伸びたと思う。
我ながら頑張ってるよ、俺!
山口が「勉強してもいいから今度の日曜日に遊びに行く!」と大声で宣言しているときに、ちょうど小池も登校してきた。そのまま成り行きで、週末に三人で遊ぶ計画が立ってしまう。
ひゃっほー! 家が近いって良いな。
これからますます、みんなと遊ぶ機会は増える気がする。すごく楽しみだ。
チャイムが鳴り、みんな一応席には着く。でも担任の長谷川先生が前に立った後も、ざわざわと楽し気な喋り声がまだあっちこっちで聞こえていた。
「ほうほう。それは楽しみですね」
机の横に掛けているバッグの中から、カワウソのソウがひょこっと顔をのぞかせて、俺だけに聞こえる程度の小さい声で話しかけてくる。
やばい。
「だから出てくるなって! 見つかったら怒られるだろう」
「ふむ」
俺が押し殺した声で注意すると、ソウは短い前足を顎の下にちょこんとあてて小さく頷く。そして大人しくバッグの中に引っ込んだ。
ソウの奴め、朝になってどうしても学校に一緒に行くと言い出したんだ。家に置いてこようと説得したけど、聞き入れてもらえないままにタイムリミットがきて、こうしてバッグの中に潜んでいる。
ソウは見た目はごく普通のカワウソだ。でも人の言葉を喋るし、しっぽの先はフォークみたいに三つに分かれていて、実は猫又のカワウソバージョンらしい。本人談なので完全には信用できないけどな。
うっかり井戸の中に落ちたが、不思議と死ななかった。でも長いこと外に出れなくて困っているのを、俺が助けたので取り憑くことにしたって。
なぜだ!
もちろん、四六時中ずっと憑きっきりという訳じゃない。家にいてもふいっと姿を消して半日くらいいなくなることもあるし。でも大抵は俺の近くにいて、何か喋ってる。これ、取り憑いてるって言うのかな?
あ、姿を消すって、幽霊みたいにポンって消えるとかそういう意味じゃないよ。ちゃんと歩いて移動してる。ソウは実体があって、ズシリと重い。
それはさておき、井戸の中に何年も閉じ込められていた経験と比べれば、一日中バッグの中にいるくらい全然平気らしい。
でも時々こうしてコッソリ顔を覗かせるので、俺はひやひやして落ち着かないよ!
◆◆◆
昼休みにバッグを肩に斜め掛けにしょって、こそっと外に出た。バッグの中にはソウと弁当が入ってる。今までは大抵教室で食べてたんだけど、さすがにソウをバッグに入れたまま自分だけ昼ご飯を食べるのは気が引けるだろ。
昼休みは四十五分もあって、校内ならほとんど、どこで食べるのも自由だ。靴を履いて校舎の外に出ると、体育館と第二校舎の間に、木が何本も植わっててちょっとした公園っぽいスペースがある。それ目的に作られたわけじゃないみたいなんだけど、俺たちは普通に『公園』って言ってる。
座るのに丁度いい段差があってベンチみたいに使えるし、建物の影で日が当たらないからまあまあ涼しい。さらに言えば校内の動線から外れているので、昼休みはこっちの方にはほとんど人が来ない。木が植えられてるから見通しもそんなに良くない。
だからきっと、ここなら大丈夫。
「ソウ、昼メシだ。出てきていいぞ」
「ふう。ずっとバッグの中で聞いているだけというのも大変ですね」
這い出してきたソウは、草の上でくるくると走り回ってストレス解消をしている。
「授業中はバッグからは出られないぞ。窮屈なんだから、明日からは家で留守番しろよ」
「いえ、狭いのは構わないんですよ。何しろ私、ずっと井戸の中にいましたでしょう。どちらかと言うと狭い所のほうが落ち着くと言いますか。それよりも先生の出す問題に手を上げて答えることができないのが辛いですね。シュートは私の分までもっとしっかりと発言するべきでしょう」
「そっちかよ」
ソウの入っていたバッグの中には、俺とソウの弁当が入っている。俺のは白ご飯に唐揚げと卵焼きだけのダイナミックな男飯だ。
ソウのは、小さな弁当箱にりんごとキャットフード。
「いただきまーす」
「い……きゅいきゅい」
「ん?」
急にソウが喋るのをやめて、かわいい声で鳴き始めた。
振り返ると、小池が仁王立ちしている。
「やっぱり!! ソウちゃんを連れてきてたんだね!」
「あ……。バレたか」
奴はずんずんと通路からこっちに入ってくると、俺の向かいに座って手に持った弁当を広げた。
「そわそわしていたから怪しいと思ってたんだよ。ソウちゃん、僕も仲間に入れてね」
「きゅい!」
両手を上げて可愛いふりをするソウ。小池はソウの正体を知らないまま、目を細めてソウの頭をなでる。
まあいいか。二人とも楽しそうだし。
一緒に弁当を食べるってことは、小池もペット持ち込みの共犯だからな!
そんなこんなで小池を巻き込んで、ソウのことは内緒にさせる。一応内緒の約束には同意したものの「見つからないように、脱走しちゃあだめだよ」とだけ念を押してきた。ソウに。
なんか、俺よりもナチュラルにソウに話しかけてる。喋れるって知らないのに。
昼メシを食べてちょっとだけソウと遊んでから一緒に教室に戻る。もちろんソウはバッグの中だ。
おや?
何かあったのか。なんだかいつもよりも教室内がざわめいている。
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