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調べた結果をみんなで持ち寄ったのは翌週の月曜日で、最初に松の話題が出てから一週間経っていた。
校門の外にあった切り株は、やっぱり
松が切られた時期は今から三十年くらい前のことだ。
「長谷川先生に教えてもらった資料に書いてたんだ。『古い言い伝えのある松の木だが、倒れそうになって危険なのでお祓いした後に伐採した』ってある。位置もあの切り株の所で間違いないらしい」
「ずいぶん長いこと切り株が残ってるのね」
「朽ちてなくなってしまうまでにはずいぶん時間がかかることもあるみたいだよ。『恋愛成就の松』がなくなるといって、当時の生徒たちがかなり残念がったらしい」
松が切られたことは、伝承を知るこの地域のお年寄りにも惜しまれた。けれど松がなくなれば地域で話題に上ることも減った。
一方美野川高校では、多くの生徒が『恋愛成就の松』をどうにかして復活させようと、いろいろと工夫したらしい。
この一週間で、その名残をいくつか見つけることができた。
「美術室に十年以上前の先輩が書いた松の絵が残されてたわ」
「うんうん。俺も見た」
美術室とかの特別教室には必ずしも毎週行くわけではなくて、先週授業がなかった教室は手分けしてみんなで探してみたんだ。
美術室の担当は山口と村崎さんだったんだけど、そこにあった松の絵はかなり有力な候補だと思う。
「家庭科室にはやっぱり松の刺繍のお守りがあったよ」
家庭科室を見に行ったのは井上さんだ。
これも権左とマツの伝承から考えると有力だが、井上さんが見たところ、そのお守りはここ数年のもののようだった。飾られている位置も胸の高さほどの場所で、想定よりは低い。先生に聞いたら、手芸部のみんなが作ったもので、同じようなお守り袋が他にも十個以上あるって。松の刺繍のお守り袋は可能性としては低いんだろうか?
でもお守り袋というのは、恋愛成就とすごく相性がよさそうなアイテムではある。
「僕が見つけてきたのは、かなり有力だと思う」
小池が自信ありげにスマホの写真を見せてきた。
「木彫りの……ああ!もしかして図書室の壁?」
「そう。図書室の壁に昔の先輩たちの卒業制作が飾られてるんだ。木彫りのプレートを並べたものなんだけどね。なんとこの素材に、恋愛成就の松そのものが使われています!」
「おおー!」
スマホの画面を拡大して見ると、一枚のプレートに『卒業制作』の文字と並んで松が切られた翌年の年号が書かれている。
「これ、やたらとハートの意匠が多くて前から少し気になってたんだよ。司書の先生に何か知ってることはないかって聞いてみたら、こっそり教えてくれたんだ」
プレートが飾られているのは本棚の上で、頭よりも高い位置にある。
なるほどこれなら『松の下』っていう表現も納得だ。
「でもさ……この中のどれが本物の『恋愛成就の松』なんだと思う?」
「どれも本物っぽいですよね」
「家庭科室のお守りは違うっぽくない?」
「いやいや、一番伝承由来のものじゃん。ねえ、井上さん」
「え、う、うん。私が見てきたんだけど、すごく心を込めて作ってるように見えたよ」
その日の弁当タイムでは思った以上に松と思われるものがあるのが分かった。それはよかったが、逆に見つかり過ぎてどれが本物の松なのか紛糾した。
「きゅい」
「ほら、ソウちゃんもお守りだっていってる」
「いやいや、違うよな。ソウちゃん、美術室の絵だろ?」
「きゅい」
「昼休みも終わるし、そろそろ教室に戻ろう」
「続木はどれが正解か気にならねえの?」
「そりゃあ気にはなるけどな。ここで話し合っても分かんないなら、もう一回、今度はみんなで見に行ってみたらいいと思う」
そして全員部活動がない水曜日の放課後に、家庭科室、図書室、美術室を順に見て回ることになった。
◆◆◆
放課後は使われていない特別教室の鍵は締まっているので、長谷川先生が俺たちの探検に付き合ってくれる。
「続木は最近いつもそのショルダーバッグを持ち歩いてるな。重くないか?」
「ええっと、これ持ってると落ち着くんです」
こんな日に置いておくのも心配なんです。今回は留守番が多かったから!
「そうか。学校にあまり高価なものを持ってきちゃダメだぞ」
「はーい」
先生が家庭科室の鍵を開けてくれて、俺たちも中に入った。
ここは調理実習用の部屋ではなく、ミシンや裁縫道具がある部屋だ。毎週火曜日には手芸部の活動場所としても使われている。壁際のガラス扉の棚の中には多分手芸部の人たちの作品みたいなバッグや人形が名前の札と一緒に展示してあった。
「これです」
井上さんの指の先を見ると、神社で貰うお守り袋と同じようなサイズの袋が三つある。袋は淡いピンクの花柄の生地で、真ん中には濃い緑色で松の葉っぽい刺繍。いかにも手作りっていう雰囲気だ。
「ほほう、よく見つけたな」
先生が感心したように呟いた。
「マジで? 先生、これが当たり?」
「ははは。他にも候補があるんだろう?それも見てからのほうがいいんじゃないのか?」
「まだ教えてくれないのかー。長谷川先生のけちー」
先生は笑いながら、お守りの前に置かれている名札はもう何年も前の卒業生のものだとだけ教えてくれた。
次は図書室だ。
小池がちらっと俺のショルダーバッグを見たけど、今日は見逃してくれるらしい。本に触るわけじゃないので、許してね。
「きゅい」
「ん? 今何か変な声が?」
「あ、そ、そう……」
「すみません、先生。私のスマホの着信音です。放課後なので持ってました」
「井上のか。今はいいけど、授業中は音を消しとけよ」
「はい」
ありがとう、井上さん、ありがとう。
ソウのやつめ図書館に入るからって、興奮して声が漏れ出してるぞ。バッグの蓋の隙間から、今頃夢中で本棚を眺めているんだろう。
図書室の中で騒がないように、俺たちは奥の本棚の上に飾られた卒業制作を黙って見上げた。
かまぼこ板よりは少し大きいくらいの木のプレートに、各人が思い思いに彫った作品。それはクラスごとに一つの額にまとめて飾られていた。
小池が言うように、確かにハートが彫られたものは多い。中には思いっきり漢字で『松』と彫ってるものもある。
全部を見てから、図書室をあとにした。
「どうだった?」
先生が聞いてくる。
「先生、あの卒業制作の素材が旧正門の松の木って本当ですか?」
「ああ、それは間違いないよ」
「じゃあここの可能性はかなり高いですね」
みんなの意見は図書室の卒業制作に傾きつつある。
最後に美術室へと向かった。
美術室にも棚があって、そこには木彫りの人形とか何か工作のような訳の分からない物、それと何故か壺や皿も置いてある。ここは美術部の人たちが作った作品が展示されてるみたいだ。
その反対側の壁の一面には絵が何枚も飾られている。卒業生が寄贈したもので、学校の風景を描いたものもあれば、抽象画やデッサンの練習のようなものもあり、全部ちゃんと額に入れて展示されていた。
松の絵は壁の中央の天井に近い位置にある。
「すごく大きい絵ってわけじゃないのよね」
「そうだな」
門と松を描いたその絵は資料で見つけた写真と構図が同じだから、多分それを見て描いたんだろう。
セピア色の写真よりは幾分鮮やかな緑色の松の木だが、周りに置かれた絵に比べれば華やかさには欠ける。だから今までは気にかけたこともなかった。
「これが『恋愛成就の松』を描いてるのは間違いないんだから、やっぱりこれじゃない?」
「でもさっきの図書室のは松の木そのものだったし」
「お守りの刺繍は地味だけど、伝承の権左と松に由来してるからなあ」
先生を見ると、腕を組んで楽しそうにこっちを見てる。
そんな先生の様子を見て、俺はもう一つ気になったものを確かめることにした。
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