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旧正門の外の切り株が本当に『恋愛成就の松』なのかどうか。どうしても気になるから、俺の提案でこれを第一候補としつつ、もう少し探してみようということになった。
ちなみに教室に帰る道すがら、第二校舎の裏にも松が生えていないことはちゃんと確認済み。
「気になるのは、ここなんだ」
休み時間に教室で俺が指したのは、村崎が借りてきた文芸部の冊子のなかにあるこの一文だ。
『なぜなら十歳年上の従妹がこの春、松の下で誓い合った恋人と紆余曲折がありながらもついに結婚したから。そして私もたった今、この松の下で彼と……。』
「ここには二回も『松の下で』って書いてあるだろ。少なくともこの時、松があるのは頭より上ってことになる」
「この会報が書かれたときには、まだ松が生えてたとか」
「いや、それはないだろう。だってこの話の前半では、学校中探しても松の木は無かったって書かれてる」
「あそこは学校の外だから、校内には無くて外にあった! ってオチかも」
「でも、あの切り株のボロボロになり具合って、切ってから数年のことじゃないと思うけど」
切り株は風化してボロボロで、どんなに少なく見積もっても五年は経ってると思うけど、小説の舞台がそれより前という可能性も少しはある。
結局のところ、こうしてみんなで話し合っても、根拠になるのが七不思議の噂と文芸部の冊子に書かれた小説だけじゃ、らちが明かないよな。
「じゃあ、図書室で調べてみよう」
提案したのは小池だ。そして放課後、部活に行く前にみんなで図書室に寄ってみることになった。
小池は無類の本好きで、暇があればいつも図書室や市の図書館に行ってる。そういうところは実はソウとよく似てたりもする。ソウも本が大好きで、家にいるときはよく本を読んでるからな。
けれどそんな小池に、カワウソは図書館に入ってはだめだと言われた。図書館禁止令はソウにとってかなりの不満らしくて、時々きゅいきゅいと不満を漏らしている。それでも俺が何か本を借りて帰ったら、すぐに機嫌は直るところが単純で可愛いんだけどね。
まあそんな訳で、俺たちが図書室に行くときはソウは教室で待機することになっている。
「すみません、学校の歴史とかこのあたりの郷土史みたいな資料って置いてますか?」
「あら、課題が出たのかしら? この高校に関する資料は、向こうの棚よ」
司書さんが一つの本棚を指さしながら案内してくれた。
「その棚には学校史がまとめられた本だけじゃなくて、この高校の卒業生が出版した本なんかもあるのよ。だから棚は大きいけど……えーと……ここからここまでが資料ね」
「うげ。たくさんあるー」
「郷土史もその隣の棚だから分からなかったらまた聞いてね」
「ありがとうございます」
司書さんにお礼を言って、改めて本棚を見た。
結構な数があるな。
「全部隅から隅まで読まなきゃいけないわけじゃないから、大丈夫だろ」
「でも大変そう……」
「俺はこういうの、向いてないと思う」
弱音を吐く村崎さんと山口に、小池がいい笑顔で本を手渡していく。
「とりあえず、手分けして松の字を探そう。学校図書の貸し出しは一人五冊までだから、分担ね」
「うげー」
◆◆◆
資料集めと並行して、一応聞き込みもしてみることになった。
先生方の中には、この学校の卒業生も何人かいる。二十年もこの学校に勤めてる先生とかもいるらしくて、学校の歴史にも詳しそうだ。
俺たちと接点がある先生といえば、まずは担任の長谷川先生だけど……。
「松を調べ始めたのか。そうかそうか。頑張れよ」
「先生、松の木って本当にあるんですか?」
「いきなりど真ん中の質問だな。さてどうかなあ」
長谷川先生はニヤニヤ笑いながら、のらりくらりと言い逃れる。これは教えてくれる気はないな。
「だが、先生に取材するというアイディアは良い。もう少し具体的に聞いてくれたら、ヒントくらいは出してあげてもいいぞ」
「じゃあ、えーっと……ああ、校門の松の木っていつ切られたんですか?」
「なるほど、そうきたか」
先生はちょっと考えてから、俺たちが持ってる図書館の本に目をやって、その中の一冊を触った。
「これ、美野川高校の八十周年記念の本だな。確かこれの最後の方に書いてあると思うぞ。違ってたらごめん」
「先生……違ってたら恨みますからね!」
丁度その本の担当になってる三田が、ハッキリしない言いかたの先生をジトっと睨んだ。
◆◆◆
部活を終えて家に帰ってから、ソウと一緒に図書室の本をめくる。
「こういう郷土史みたいなのも、読んでみるととても面白いと思います。ねえ、シュート」
「そうだな。必要なとこしか読めてないけどさ」
「あの文芸部の本に書いていた人も、きっとこの本を調べたんですね」
そう言ってソウが見せてくれたところには、権左とマツの伝承がもう少しだけ詳しく載っていた。
大筋は文芸部の冊子に書かれていた話がもう少しだけ詳しく書かれている感じだが、終盤に冊子では省略されている内容がある。それによると、マツは松の葉を刺繍した布をお守りに入れて権左に渡した。それがこの地域の伝統的なお守りの図案として残っている。
「そういわれれば、家庭科室に手で刺繍したお守り袋が飾られてた気がする」
「ほうほう。それはもしかしたら大きなヒントかもしれませんね」
「本当に飾ってたかどうか自信はないな。今度家庭科の授業の時に気を付けて見てみよう」
「そうですね。家庭科室のほかにも、松に関係したものが飾られているかもしれません。みんなにも相談してみましょう」
「おう」
手分けして探せば、松もきっと見つけられるだろう。
そして次の日の朝、外に出ると雨が降っていた。
登校するのも憂鬱だ。坂道だから、滑りやすいんだよ。
それにこんなに雨が降ってたら、さすがに昼休みに外には出られないな。
借りていない資料もまだまだたくさんあったので、松についてはしばらく各自で調べてから持ち寄ることになった。
ソウは相変わらず校門の近くでどこかに消えて、俺が帰ろうとするとどこからともなく現れて一緒に帰る。
「聞いてください、シュート」
「お、何か見つかった?」
「今日は雨が降ったじゃないですか」
「そうね」
「すごーーーく期待していたのに、溝のなかの水の流れは大したことなかったです」
「へ?」
「勢いよく流れている溝には金属の蓋が被せられていて、泳げないのですよ。まったくガッカリです。きゅい」
ソウは雨を楽しんでるみたいだ。
カワウソだからな。
一応遊びながらもその合間に学校の中も歩き回っていろいろ探してみたらしいが、松の木に関係するものは見つけられなかったという。
雨はその後も数日続いた。俺は昼休みに図書室に通い、借りていない資料をあれこれ、ぱらぱらとめくっては調べて過ごした。
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