(6)
いったいどれが本物の松なのか。みんなが意見を言うが、どれも同じようにそれらしくて決め手に欠ける。
俺は気になっていることを確かめるために、松の絵の下で話しているみんなから離れて、教室の真ん中くらいに立った。
やっぱりだ。
ここから見ると分かりやすい。多分間違いないと思う。
「長谷川先生、向こうの棚に変な形のランプがあるじゃないですか」
「ああ」
「これって、よく見たらパイナップルの形ですよね」
「そうみたいだな」
そのランプはスイカよりも少し大きくて、一生懸命想像力を働かせればどうにかパイナップルに見えるかなーという形になっていた。というのも、素材が木切れやワイヤー、鉛筆、フォーク、スプーンなどの廃材みたいなものを組み合わせて作られているから。ぱっと見たところではごみの塊のようにも……。
「松って英語で
「ほほう」
「そう言われたらそうだけどさ、続木クン。そりゃあちょっとこじつけっぽくないですかな?」
山口が突っかかってきた。まあな。パイナップルが恋愛成就の松ってのは少し無理があるかもしれない。
「でも山口くん、このランプって木の枝も使われてるよ。もしかしてこの木の枝が松かも」
「そうかなあ。先生、どうなの?」
「さあなあ。その木が松かどうかは先生は知らないぞ。でも展示物に触るなよ。それ、壊れたら直すの大変なんだからな」
そういわれて、近付いてランプを見ていたみんなが少しだけ距離をとった。
「さて、これでもう候補は全部出たのか?」
「あと一つだけ。パイナップルのランプにはコードがつながってるんですけど、スイッチは入れてもいいんですか?」
「ほう……いいぞ。先生が許可しよう。本体には触るなよ」
ランプから伸びたコードはコンセントに繋がっていて、コードの途中にスイッチがある。
俺は少し下がって見ているみんなより一歩前に出て、そのスイッチを入れた。
「なんだかこのランプ、面白いね。教室の電気、消してみよう」
そういって三田がドアの所の電灯のスイッチを切った。
薄暗い教室の中に、ランプの光が複雑な影を作る。
「見て!」
声を上げたのは、村崎さんだ。ランプではなくてもっと上の方を見ている。その視線の先を追うと、天井にランプの作った影が二つの文字を浮き上がらせていた。
『マツ』
「このランプ、シャドーアートなんだ。光を当てると影でそのものとは全然違う形を表現する手法なんだよ。パイナップルの形は
パン、パン、パンと手を叩く音がする。長谷川先生だ。
「お見事だ、続木君。じゃあこのランプが『恋愛成就の松』というのが君たちの結論でいいかな」
「いいえ」
即座に否定すると、先生は少しびっくりした顔で首をかしげて、無言で説明を促してきた。
「本物の『恋愛成就の松』は旧正門の所に生えていた松でした。だから当然これらの作品は本物ではない。でも今もあるんですよね。だったら何をもってそれが『恋愛成就の松』というかってことなんです。俺が思うのは、松を本物にしているのは、どうにかして後輩たちに残したかったという先輩方の熱意なんじゃないでしょうか」
家庭科室の刺繍のお守りも、図書室の卒業制作も、そして美術室の絵やランプもすべて、この学校に伝わってきた『恋愛成就の松』という伝説を残したいという熱意が生み出したものだと思うんだ。
「だから、どれが正解っていうわけじゃなくて、全部正解なんじゃないかなって」
もちろん、ソウが見つけてきたあの切り株も含めて、その全部が『恋愛成就の松』なんだと思う。
「なるほど」
「でも続木くん。じゃあなんで校庭に松の木が一本もないのかな?」
「そう言われればそうだ。松を残したいんなら新しい松を植えるのが一番手っ取り早いよな」
「これは推測でしかないけど……」
多分、松の木があるとその他のものを探さなくなるからだ。安直に新しく植えられた松を新しい恋愛成就の松とするよりも、こうして工夫した作品たちを残したいって、誰かが思ったんじゃないかな。本当の所は分からないけれど。
そんな会話を聞きながら、先生はマツのライトを消し、俺たちを連れて美術室を出た。
「伝説は伝説だからな。何が正解とかは先生からは言わないでおこう。でもこれだけの松を見つけたんだし、ご褒美にもう一つ他の松を見せてあげようか」
美術室から今度は職員室に向かって歩く。
職員室に着くと先生は鍵を所定の位置に返してから、俺たちを呼んで別の部屋へと案内した。
「ここって、校長室だよね?」
「わー! 私まだ校長室には入ったことないんだ」
「え、俺たち怒られるんじゃないよね?」
一人ビクビクしている山口だけど、この中で一番怒られる可能性が高いのは俺だよ。
「きゅい」
いいから黙っていてください。ソウさん。
長谷川先生が扉をノックして、中にいた校長先生が迎え入れてくれる。先生が事情を説明している間に、みんな物珍しそうにキョロキョロと校長室の中を見回した。
壁には歴代の校長先生の写真が並べられている。
その中の一つを長谷川先生が指さした。
「ほら、その写真の中に松が写っているだろう」
確かに、校長先生の背景に松が写っている写真があった。
「昔な、この校長室で怒られた男生徒と女生徒がいるんだ。大した内容じゃなかった。宿題を忘れたとか、そんなようなことでな。その二人が卒業してから数年後に結婚したから、それ以来あの写真は『恋愛成就の松』ってことになってるんだよ」
校長先生に挨拶して外に出てから、放課後、ずっと俺たちに付き合ってくれた長谷川先生にお礼を言う。
長谷川先生は笑いながら、探検もいいけど勉強しろよと言って職員室へ戻った。
そして俺たちは息を止めるように何も言わずに、荷物を持ってダッシュで靴を履いて外に出る。そのまま帰り道の方にはいかずに、だれからともなく公園へと向かって歩いた。
そして公園に着くと、人目をはばかるようにあたりに目をやる。誰もいないことを確認してようやく大きく息をついた。
「ふう……ははははは」
「ふふふふふ。あはは」
息と一緒に笑い声が出てしまう。
「ツル、フサ、ツル、フサ、ツル、フサ、フサだった!」
「やべえ、このネタは危険すぎる、はははは」
別に大したことないんだけど、すごく楽しくてみんな笑いが止まらなかった。
こうして俺たちは、七不思議の五番目『校長室の写真』を直接見ることに成功した。
◆◆◆
「解は求められた!」
「問題が最初と違ってますけどね。きゅい」
【ep5 恋愛成就の松 おわり】
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