ep3 投石者との死闘(1)

「修人、お友達が来たぞー」

「ほーい」


 日曜日の朝九時。玄関には小池と山口、そして越川がいた。

 この前の英語の宿題ノートの一件から、越川や三田、それと井上さんとかも、よく教室で喋るようになった。

 今日予定が空いていたのは男ばかりのこの四人。家で一時間勉強してから公園に遊びに行くんだ。


「きゅいきゅい」

「おおっ? なにこの小さいやつっ!」


 山口が大げさに驚いて駆け寄ったので、ソウはさっと俺の後ろに隠れた。


「逃げるなよ、にゃーにゃー」

「きゅいっ」

「カワウソだよ」


 ソウを抱き上げて顔を見せてやった。

 小池はもう何度もソウと遊んでるから、慣れたもんだ。手を伸ばして頭をなでてやるとソウもきゅいきゅいと答える。

 それを見て越川も珍しそうに俺の腕の中をのぞき込んだ。


「へー、珍しいもの飼ってるんだね」


 いや、まあ……成り行きで?

 それにペットというよりも相棒って感じだけどなー。もちろんこれは俺の心の中の声。ソウにも内緒だ。


 俺の部屋で四人で勉強は狭いので、居間でやることにした。座卓の上にみんなで教科書を広げる。


「しっかり勉強せえよ」


 じいちゃんがそう言って、ペットボトルのジュースを四本持ってきてくれた。

 部屋の隅では、わざわざ自分のバスタオルをくわえて持ってきて、ソウが寝床を作ってのんびりしてる。そんなソウを恨めし気に横目で見ながら、俺たちはといえば、もうすぐ始まる定期テストの勉強だ。


 美野川高校は二学期制なので、九月の半ばに期末テストがある。来週からはテスト期間になるけどテスト範囲からして多分、ほぼ夏休みの宿題の内容だろう。

 俺は今のところそんなに焦ってはいない。多分大丈夫だと思う。余裕だ。これがテストの前日になると不安になるの、なんなんだろうね?

 なにはともあれ、今日はさっさと終わらせて遊びに行きたいので、みんな黙々と自分のノートを埋めている。


「やったー! 一時間経ったぞー!」


 立ち上がって両手を上げて叫んだのは、もちろん山口だ。その声に促されて時計を見ると、勉強を始めてからピッタリ一時間。一分の狂いもないじゃないか……。

 山口の奴め、自分だけさっさと勉強道具を片付けて、もうゲームを始めてる。


「じゃあ僕も終わろうかな」

「おー、小池もゲームする?」

「いや、僕はソウちゃんと遊ぼうと思って」


 部屋の隅にいるソウの所へ近寄ると、小池はきゅいきゅいとしか言わないソウに対しても、普通にナチュラルに『こんにちは』とか話しかけてる。

 それを見て越川がムムムと唸った。


「俺もカワウソ……でももうちょっと頑張らないと」

「越川は偉いな。じゃあ俺もあと少しやろうかな」


 仕方ないよね。付き合ってやるか。


 ◆◆◆


「あーーーー、もう駄目だーーーー」


 音を上げてバタンと後ろに倒れた越川。

 俺もギブアップしよっと。

 パタンと倒れた俺のところに、ソウが駆け寄ってくる。俺はすかさずお腹をガードだ。


「ソウ、俺達公園に行くけど一緒に出掛けるか?」

「きゅい!」

「まじか! 返事してるじゃん、このカワウソ。すげー」


 相変わらず人前ではきゅいきゅいとしか言わないが、ソウは人間の言葉が喋れるちょっと変わったカワウソだ。しっぽの先はフォークみたいに三つに分かれていて、猫又のようなカワウソバージョンらしい。

 喋れるのは内緒だけどな。


 自転車に乗って出かける先は、図書館に隣接している公園だ。


「続木くんはソウちゃんがいるから荷物が多いよね。じゃあボールは僕が持っていくよ」

「さんきゅ」


 小池にボールを預けて、自転車の前のカゴにソウと弁当の入ったリュックを乗せた。準備ができると、みんな我先に出発する。


「じゃあな、じいちゃん。行ってきまーす」

「おう。暗くなる前には帰って来いの」

「おけ!」


 川沿いの道を走り抜けて、いくつか交差点を渡ると図書館が見えた。

 夏休みにも何度も通った道なので、ソウもよく知っている。

 気持ちよさそうに風に吹かれてあれこれ喋ってたけど、人が多い道に出たら喋るのをやめて、自分からリュックの底に潜っていく。

 いや、学校じゃないから見られても大丈夫なんだよ? でも喋らないようにしようと思った時はリュックの底に潜るのがお約束らしい。そういうところは、一応用心深いんだよな。その用心深さを学校でももう少し発揮してほしい……。


 みんなより少しだけ遅れて図書館に着いた。ソウのお弁当を準備してたら出遅れたからな。みんなはもう自転車を止めて公園に入ってるのが見えた。

 自転車から降りると、入口の歩道から駐輪場までは、ちょっとの距離だけど押して歩く。ここは歩道だし、人も多く歩いてるから危ないんだ。

 駐輪場の空きスペースを探して自転車のハンドルをそっちに向けた。

 カツンッ

 高い音がして、腕にピリッと痛みが走る。


「んっ」

「どうしました?」


 俺の声にびっくりして、リュックの中からソウが小声で聞いてきた。


「今、何か当たったんだけど……」


 辺りを見回すと、コンクリートで固められた足元に小さな石が落ちている。


「これが当たったのかな」


 自転車を停めて、しゃがんでその小石を拾いあげてみた。

 何の変哲もない普通の小石だった。

 腕も見たけど、皮膚が少し赤くなっているだけで血は出ていない。


「誰が投げたんでしょうか。危ないですね」

「何人かその辺を歩いてるけど、怪しい素振りの人はいない。そういえばカツンって音がしたよな。自転車に当たって跳ね返ったのが、偶然当たったんだろうけど」


 最初は車がねた石かと思ったけど、車道からここまでは距離がある。それに車だったらもっと勢いがあって痛いだろう。

 可能性があるとしたら、自転車が撥ねた石かも?

 そう思って見回すけど、それらしい自転車は今、通ってないんだよなあ。


「これは事件ですね」

「ないない」


 ちょこんと顔を出して顎の所に手を当てるソウ。

 いつものことなので軽く突っ込んでから、ソウの入ったリュックを持つ。みんなはもう、公園の真ん中にあるグラウンドでボールを蹴っていた。

 さあ俺たちも行こう!

 歩き始めて駐輪場からほんの数歩のところでまた、カツンと、今度は石が足元のコンクリートに当たって転がる。


「誰だ」

「シュート、上です」


 ソウの声に視線を上にあげると、青い空を黒い影が横切っていった。

 カラスか!


「ぐぬぬ。カラスでしたか。奴はきっと、私を狙っているのに違いありません。カラスは私達カワウソを見ると、意味もなく喧嘩を仕掛けてくるんですから」


 そう言うと、ソウはバックから勢いよく飛び出した。


「シュートはみんなと遊んでてください。私はあいつを懲らしめてきますので!」


 いつになく興奮しているソウ。

 俺はほんの少しだけ不安な思いを抱きながら、風のように駆けていくカワウソを見送った。

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