閑話 カワウソの恋愛相談

 おはようございます。

 今日もシュートに憑いて学校へとやって来ました。普段でしたらこのままシュートのバッグの中で授業を聞いて勉強するところなのですが、今日は別行動です。

 たまにこうして自由に歩き回るのも、非常に社会勉強になります。もちろん授業は授業で、とても為になると思うのですよ。シュートが通っているのは高校ですから、扱う文章も計算も難しくて面白いです。

 バッグの底は安定しないのでノートが取りにくいのが難点ですねえ。それと、先生の板書が見たくて時々顔を出しますが、そのたびにシュートが頭を押さえてくるのであまりちゃんと黒板を見れません。

 しかし、私が頭を出すタイミングに絶対に気付くとは、どういう訳でしょうか。シュートは授業に対する集中力が少し足りないのではないかと心配しています。いえ、逆に気配察知の特殊能力が……。

 それはありませんね。きっとよそ見ばかりしているんでしょう。困ったものです。

 きゅい。


 それはさておき、今日の予定に合わせて行動を開始しましょう。まずは校門のところでバッグから顔を出して周囲の様子を窺います。後ろには誰もいませんね。前を歩く人とは距離があるので大丈夫だと思います。素早く飛び降りて、すぐにそばの溝に入りました。雨が降らなければ乾いていて、こっそり歩くのにちょうどいい通路なんですよ。

 雨が降るとここに水が流れて、もしかしたら流れるプールとかウォータースライダーみたいになるかも。実はそんな期待を持っていました。ほんの数日前まで。

 現実はそんなに甘くなかった……。


 マアマア。気を取り直していきましょう。

 通路を通って体育館の方に向かうのは、登校中の生徒たちに見つからないためです。

 今はシュートに貰ったネームプレートをつけていますので、野良カワウソと思われる危険は減りましたが、先生に見つかるとシュートはともかく私は停学になりそうです。学歴にはさほどこだわっていませんが、停学は困ります。うむ。

 という訳で見つからないように。コソーリ、コソーリ。


 きゅい!

 体育館の方に来たからと言って、そのまま体育を見学するわけではありません。こちらからぐるっと回って裏口から校舎に入ると、人と出会う可能性がほぼ無いのです。

 ほぼ……ってことは、たまには人に会うということですね。

 二人の女の子が近付いてきます。どうしましょうか。

 あ、ちょうどいい感じの銅像がありました。あれの影に隠れましょう。


「リナちゃん、相談があるんだけど」

「なになに。愛佳、ついに上島君に告白する気になった?」

「そ、そんな勇気ないよ。でももうすぐ上島君の誕生日なんだって。ただのクラスメイトがプレゼントを渡すのって、おかしいかな?」


 ほうほう。


「え? リナちゃん、今、変な声出した?」

「いや、私は『ほうほう』とか言ってないよ」

「じゃあ誰が……」


 おや。声が出てしまいましたか。

 でも大丈夫。まさか私が喋っているとは思わないでしょう。きっと空耳ですよ。


「空耳……って言ってるよ」

「私も聞こえた。もしかして……この、二宮さん?」

「えええええっ」


 ニノミヤさんとは私のことでしょうか?

 そういう呼ばれ方は……苗字っぽくていいですね。ええ。ニノミヤと呼んでください。


「ひいっ」


 さっきの話ですが、誕生日プレゼントですか。大抵の人は貰ったら嬉しいと思います。もちろん私も嬉しいですよ。上島君も嬉しいんじゃないでしょうか。知らない人ですけど。


「銅像が……喋ってる」

「けど愛佳。この銅像、上島君って言ったよ。もしかして恋愛相談に乗ってくれるのかも」

「こ、怖くない?」

「んー、でも銅像だし動けないよ。万が一動いたとしても足は遅いって。怖くなったら走って逃げればいいんじゃない?」


 失礼な。私は怖くありませんよ。


「ほら、二宮さんもそう言ってるし」

「そ、そうかなあ」


 足も速いですし。


「ひっ」

「まあまあ。二宮さんもプレゼントは渡したほうがいいって思いますよね。私もそう思うんです」


 プレゼントってたいていは貰ってうれしいものですからね。

 でも気をつけないと、たまに嬉しくないプレゼントもあるんですよ。例えば私の場合はカラスの奴が木の枝や石を持ってくるんですけど、いつもついでにフンをしていくんです。そんな奴からのプレゼントは欲しくないです。木の枝は自分で探してくることができますから。


「あー、二宮さん、いっぱい木の枝持ってるからね。それにしても銅像も大変ねえ。カラスがフンをするんだ」

「でも今は綺麗だよ」


 この前、雨が降りましたから、カラスのフンも流してくれました。

 まさに恵みの雨!


「なるほど、二宮さんにとっては雨がお風呂のシャワーなのかあ」

「二宮さん、二宮さん。上島君に渡すの、どんなプレゼントが良いと思いますか?」


 それはもちろん、食べるものがいいに決まってます。

 私はリンゴを貰うとすごく嬉しい気持ちになりますので。


「なるほど。確かに食べるものがいいかもね」

「でも私、お菓子作りとかは苦手で……」

「愛佳、いきなり手作りのお菓子とかじゃなくて、もう少し軽いもののほうがいいよ」


 そうですね。重いと少し困ってしまいます。リンゴくらいがちょうどいい重さです。


「二宮さんはそんなにリンゴが好きなんだ。なんだか、かわいい!」

「重いと困るのね……じゃあ何かお菓子を買ってみる! リンゴのクッキーとか探してみようかな」


 食べ物以外だと、本なんかもいいですね。


「二宮さんって、本が好きそうだもんね」


『青空遥の推理協奏曲ミステリーコンチェルト』は特におすすめです。


「ああ、それ知ってる!上島君もアニメ見てから原作が読みたいって言ってたよ」

「え……本当に? 私、持ってる」

「じゃあそれを貸してあげればいいんじゃない? お菓子を添えて」

「そうね! そうしてみる。ありがとう、リナちゃん。それに二宮さんもありがとう」


 いえいえ。

 急いで教室に行かないと、チャイムが鳴っちゃいますよ。


「本当だ、もうこんな時間!」

「二宮さん、今度は私の恋愛相談にも乗ってね!」

「リナちゃん、二宮金次郎の銅像が恋愛相談に乗ってくれるとか、そんな七不思議あった?」

「ないけど、もしかしたら小さいおっさんの伝説って歩き回る二宮さんだったりして」

「あー、身長1mくらいだもんね」


 うむ……。

 朝のこの時間なら、時々はお返事できるかもしれませんね。

 おや、もう行ってしまいましたか。

 やれやれ。無事見つからずに済んだようです。

 さて、それでは教室に向かいましょう。今日はどこのクラスの授業参観をしましょうか。


【カワウソの恋愛相談 おわり】

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