ep6 カワウソの墓(1)

 秋は学校行事の多い季節だ。九月の一か月間、駆け抜けるように期末テスト、体育祭、他校との合同音楽会を済ませると、十月の最初の三日間は秋休みになる。


「修人は明日から秋休みか。じゃあその三日間は、家事もお休みでいいからの」


 じいちゃんのその言葉に、俺は飛び上がって喜んだね。朝寝坊ができる!

 俺の仕事は朝ごはんと昼の弁当作り。と言っても簡単にできるものだったり冷凍食品も多いんだけどさ。それでも作らなくてよければ、そのほうが楽に決まってる。


「いいか、ソウ。明日の朝は絶対に俺を起こすなよ」


 ベッドに寝転がってゴロゴロしながら、ソウに話しかけた。

 ソウも自分の寝床でゴロゴロ転がりながら答える。


「ええー。そうは言いますけど、シュート。三日もお休みがあるんですよ。早起きして遠くへ遊びに行きませんか?」

「遊びに行くのは良いけど、昼からな」

「そうですか……」


 言い淀む。

 口ごもるソウって、ちょっと珍しいかもしれない。

 ソウは転がるのをやめて、寝ころんだままバスタオルを手でパタパタし始めた。


「もしかして、ソウはどこか行きたいところがあるの?」

「あの……実はお墓参りがしたいなあって思ったんです」


 それからソウは、いつになくゆっくりな口調で、ぽつりぽつりと話し始めた。


 ◆◆◆


「私の両親は多分私とは違って、ごく普通のカワウソでした」


 生まれた時はソウも、もしかしたら普通のカワウソだったのかもしれない。そのころの記憶は曖昧で、思い出そうとしてもあっちこっち穴があいたような中途半端な記憶なんだって。だからソウ自身の事なのに、どこで生まれたのか、そしてどこに引っ越して暮らしたのかもよく分からない。

 はっきりと覚えられるようになったのは、しっぽが二つに分かれた頃からだという。


「ご存じかもしれませんが、カワウソの一族はとても、とても数が少ないのです。私が生まれたときにはもう、その川の近くに住んでいるのは私と両親だけでした。両親から聞いた話では、小さい頃はその川にも仲間がいたんだそうです。でも大人になるまで無事育ったのは私の両親の二人だけでした」


 ソウが両親と一緒に住んでいたのは、美野川の上流だってことまでは間違いない。俺にとって水は無味無臭に思えるけど、カワウソに言わせるとその川ごとに特徴的な匂いがある。ソウにとっては、美野川の匂いが一番懐かしい思い出と繋がっている。それはここよりも上流に行くと、もっとわかりやすいんだとか。


「私が大きくなるまではずっと、両親と一緒に生まれた場所の近くで暮らしていました。そのままそこで暮らしていてもよかったのですが、近くにはもう全然他のカワウソはいません。だから大人になってすぐに、仲間を探すために両親とともに住処を離れたのです」


 仲間を探して転々と、いろんな場所に行ったらしい。

 美野川から離れて、別の川のそばに居を構えたこともある。人里近くに住んだことも。けれど、どこに行っても同じカワウソの仲間に会うことはできなかった。

 やがて両親は年を取り、死期を悟る。


「『最後は美野川に帰りたい』それが両親の希望でした。私もこの懐かしい水の匂いが好きでしたから、一も二もなく同意しました」


 そして匂いを頼りに美野川の川べりにたどり着き、そこでソウの両親は力尽きたのだという。


「川のすぐそばには豪華なお屋敷があって、庭にはきれいな花が咲いていました。両親はその花のかたわらで休み、そのまま立ち上がることはありませんでした。私は同族にも会えず、たった一人になってしまった……」


 当時その場所で、ソウはずっと泣いていた。まだ喋れなかったので、きゅいきゅいきゅいきゅいと、ただひたすら泣いていたらしい。


「するとその家の人が私の両親を埋葬して、そのうえお墓を作ってくれたのです」

「なるほど、それでそこにお墓参りがしたいのか」

「はい。最近やけにそのことが思い出されるようになって、とても気になっているんです。ただ一つ問題があって……。今ではもう、そのお墓がどこにあるのか分からず、知るすべがありません。私はその後もいろいろなところへと旅をしていましたし、当時の記憶は今よりもぼんやりとしていて、場所も建物の形もはっきりとは憶えていないんです」


 それは……難しいな。

 ただでさえ、昔の話だ。ソウの言う三百年がほんとうに三百年なのかはともかく、カワウソが普通に山にいた時代は今よりもずいぶん前の事には違いないだろう。


「分かっているのは、美野川流域のこちら側の岸のどこかだということ。それと、その家の人が作ってくれたのはすごく立派なお墓でした。なんと、石を両親の姿形に彫ってくれたんです。埋めたのは花の根元なんですが、両親の石像はよく目立つ玄関の所に置いてくれました。そのおかげで、通りかかる人がよく手を合わせてくれたのを憶えています」


 そういうと、ソウは両手を合わせてきゅいきゅいと鳴いた。

 ソウが最初に覚えた人間の仕草だったみたい。


「でも、場所がわからないと難しいな。美野川流域って広いから」

「……すみません。でも! 私が生まれたところまで戻ったら、もう少しはっきり思い出せるような気がするんです。もしかしたらお墓を探すのは無理かもしれませんが、私の生まれたところまで連れて行ってはもらえませんか?」

「美野川の上流か。源流近くだと自転車で三時間くらいかかるな」

「……遠すぎますか」

「まあまあ。天気もよさそうだし、たまには遠出もいいかもね。行きますか」

「シュート!」


 ソウが寝床から跳ね起きて、俺のベッドに飛び込んできた。


「きゅいきゅい!」

「うっ」


 やめて。お腹の上にジャンプはやめてぇ……。

 重い。



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