(3)

「まずはあの真面目そうな女の子に聞いてみましょう」


 ソウ、いつの間にクラスメイトをチェックしてるんだ? 油断ならない奴め。

 宿題を忘れた人のうち、女子は一人だけ。


「井上さんか。話したことないんだけどなあ……。ていうか、おまえ、絶対バッグから出てくるなよ!」

「きゅい」

「ご ま か す な」

「はーい」


 ソウに何度も言い聞かせて、教室に戻る。だいたい休み時間なんて十分しかないのに、教室の外でグダグダ話してるとそれだけで終わってしまうじゃないか。席について慌てて次の授業の準備をした。

 五時間目、六時間目はいつもなら少し眠くなってしまうけど、今日はこの後のことを考えると目が冴えてしまった。何しろ、今まで話したことのない女子に、重苦しい宿題忘れたって話題を振るんだぞ?

 きつい。

 そんなことを考えていたらおちおち眠れないじゃないか! いや、怒って言うことじゃないんだけど。


 今回の宿題未提出者は八人。そのうち、俺と授業中に必死に解いていた三人を除くと残りは四人。その四人はみんな昼休みに鞄の中を漁っていた。

 その中で唯一の女子が井上さんだ。長い髪の毛をきっちり後ろで結んで、眼鏡をかけている。休み時間はだいたいいつも自分の机について、静かに本を読んでる気がする。部活は……何だっけ? 入っていなかったような。まだ友達がいないのか内気すぎるのか、他の女子と喋ったりはあまりしないし、笑ったところも見たことがない。笑えば案外かわいいと思うんだけどね。

 これは何と言って話しかけるべきか……悩むな。


『あのー、井上さん、俺と一緒に体育館裏に来てもらえますか?』


 だめだめ。告白じゃないんだぞ!

 もちろん決闘でもない。


『井上君、すまないがちょっと話を聞かせてほしい』


 刑事ドラマかよ!


『井上! 英語の宿題をどこに失くした!』


 いきなり呼び捨て? そして尋問!?

 いやいや、失くしたんだからどこにあるか分からないじゃん。だいたい井上さんは被害者だし。いや、そもそも事件じゃないし。

 てか、ソウ! 

 小声で話しかけるなって!


 授業がざわざわしているタイミングを捕まえて、ソウが小声で話しかけてくるの、ほんと危険だから。

 ドキドキして眠れやしない。いや、授業中だから寝なくていいんだけどね。

 分かってる。教科書に集中だ!


 ◆◆◆


 だいたい、初めて話しかけるのにいきなり忘れた宿題のことじゃあ、気が重すぎる。軽い話題から徐々に攻めていかないと。でも何について話せばいいのやら。井上さんのこと、全然知らないしなあ。だいいち、いきなり話しかけて返事を返してもらえるかも分からない。

 そんな時は、そう。こいつがいる。


「山口、おまえも英語の宿題忘れたって? 俺もだ」

「続木ぃー、オオー、我が仲間よ」


 井上さんの隣の隣の後ろの席の山口に話しかけてみた。まあまあ近いから。

 もっともお前の場合は、忘れたんじゃない。やってないだけだ。授業中に必死に宿題やってたの、俺の席からバッチリ見えてたからな。


「え」

「多分、久保田先生からも見えてたぞ」

「やっべー。けど怒られなかったから、ま、いっか。それにしても続木が宿題忘れるのって、珍しいな」

「まあな。持ってきたつもりだったんだけど」

「ははは。それでも提出が遅れるのは一緒だぜ。俺は英語の宿題だけあと何ページか残ってんのよ。忘れた人多くてよかったあー」

「そりゃまあ、一人だけだと嫌だよな。ところで井上さん……も、宿題忘れるの珍しいね」

「え?……あ、わ、わ私? う、うん。持ってきたはずなんだけど探しても見つからなくって」


 急に話しかけられて、おどおどしているが、当たり前か。

 なにしろ、俺が井上さんに話しかけたの、この高校に入学してから今が本当に初めてだからなあ。


「あるある。俺も鞄の中に入れてたつもりだったんだ。でもさっき見たらなくてさ」

「続木、それホント? 見栄じゃないの?」

「嘘じゃねえってば」

「わ、わ、私も本当に宿題ちゃんとやってたの。朝、家を出る前にも確認したし学校に来てからも見たと思ったのに……」


 先生に言い訳を封じられたのが辛かったんだろう。井上さんは堰を切ったかのように自分から話し始めた。

 井上さんは家を出る前に宿題ノートの確認をした。ここまでは間違いない。学校では見たと思うが、そこはあまり自信はない。宿題は夏休み中に全部済ませている。今まで英語の宿題を出さなかったことはない。


「もしかしたら誰かが写そうと思って借りていったのかな?」

「普通、黙って持って行くと思うか?」

「それに私、ノートの貸し借りをするようなお友達ってまだいなくて……」


 ありゃりゃ、ちょっと俯いてしまった。落ち込ませちゃったかな。

 ごめん、井上さん。


「もしかして、どっかに落としちゃったかもよ。あとで職員室の落とし物置き場に行ってみる?」

「さすが山口。それもいいかもね。放課後に職員室に行ってみるか。あ、ダメだ、俺、今日は部活」

「いいよいいよ。俺は部活してないし、井上さんも帰宅部だよね? 一緒に探してみようよ」

「ありがとう、山口くん」


 宿題のノートを校内で落とすとか考えられないけど、井上さんが少し落ち着いたので良かった。


「じゃ、井上さんのことは山口に任すわ。他にもノートが無いって騒いでた奴いたから、今からそいつらにも心当たりがないか聞いてみるよ。えっと、越川と西八木と三田だっけ」


 俺が山口に確認していると、井上さんがくいっくいっと制服の裾を引っ張った。


「続木くん、何かわかったら、わたしにも教えてくれる?」

「おっけ!」


 任しとけ。ちゃんと調べてソウにも報告しないといけないからな。

 休み時間は残り五分。後の三人も近い席にいたので、俺と井上さんの話を聞いて自分から教えてくれた。


 越川と西八木の二人は俺と一緒で、鞄に入れっぱなしのまま学校に来たので今朝宿題の確認はしていない。宿題は夏休みの早いうちに済ませた。今まで宿題を出さなかったことは、二人とも数回はある。あまり何回も忘れると成績に響くから見つからなかったらヤバいと言って、顔色を青ざめさせていた。

 三田は井上さんと一緒で、今朝家で確かに宿題ノートを入れたと言う。しかも学校で鞄から出して机に入れておいたのを覚えている。学校に持ってきたのは絶対間違いないらしい。今までに宿題を忘れたのは一回だけ。


 きっとみんな家に忘れたんだろうと思っていたけど、三田の話を聞くと本当に心配になってきた。

 事件なのか。

 いや、きっとただの忘れ物だ……そう言って目を逸らしたい自分もいる。

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