(4)
六時間目の授業の後は終礼だ。これは翌日の確認くらいであっという間に終わり、その後は部活がある。
「シュートは何部に入っているんですか?いえ、言わなくていいです。私が解を求めましょう」
ソウは勝手に宣言して、うーんと唸りながらバッグの中でぐるぐるまわっている。
「別に当ててくれなくていいぞ」
「シュートの部活は、ずばり、サッカー部ですね」
「ハズレ。頼むから隠れててくれよ」
「不正解でしたか。私もまだまだ未熟です」
このカワウソ、未熟ですって。もうすぐ三百歳(自称)だけどな!
推理が外れたからか、ソウはバッグの底に沈んで黙ってしまった。ようやく静かになったソウを連れて部室へ行く。もちろんバッグごとね。
ちなみに名前がシュートだからとサッカー部を絡めるネタには、今更突っ込む気力も起きない。子供のころから何度言われてきたことか。
運動は嫌いじゃないが、入ってるのは地味な文化系の部なのだよ。
部室では先輩方が、夏の大会の様子を撮った動画を見ながら話してた。大会は他県だったんで、うちの部は今年は選手しか行ってない。
成績?推して知るべし。来年に向けて俺たちも頑張らないとなーっ。
と言っても先輩方はみんなのんびりした性格で、今日は練習無しになった。挨拶と今後の日程の話をして、三十分も経たないうちに解散する。
荷物は部室に持ってきてるからこのまま家に帰ってもいいんだけど、やっぱり一度教室に戻ったほうがいいかなあ。昼の騒ぎがやっぱりちょっと気になったし。
うん。そうしよう。
部室がある第二校舎から、渡り廊下を通って本校舎の四階にある高一の教室まで戻ることにした。
教室の前の廊下には、個人用のロッカーが並んでいる。上下二段になっていてあまり大きくないので、中は置きっぱなしの教科書や体操服なんかでギュウギュウだ。
それぞれの扉にはダイヤル式の南京錠がつけられている。
けど、これ面倒なんだよな。
ロッカーのものを出し入れする回数は多い。入学した当初はちゃんと施錠してたけど、最近はダイヤルを動かしたことがない。鍵なんて飾りですよ。貴重品とか入ってないし。
で、わざわざ教室に戻ってきたのは、このロッカーを調べるためだ。俺は今日はロッカーを開けた覚えはないが、もしかしたら勝手にノートを借りていったやつがご丁寧にもロッカーに返しているってことがあるかもしれない。
「ソンナバカナ」
「だからソウは
「きゅい」
そんなことをボソボソと話しながら戻ると、教室の前の廊下で数人集まっているのが見えた。そのうちの一人が俺に気付いて手を振る。
「おー、続木!待ってたんだよ」
声をかけてきたのは山口。他にいるのは、越川、三田、そして井上さんだった。全員、英語の宿題を忘れたメンバーだな。
「待ってたって……俺、戻ってくるって約束してたっけ?」
「いや、まあ正確には待ってたわけじゃないけど。お前英語の宿題のこと気にしてただろ?もう一回探しに来るかもなって思ってたよ」
まんまと山口に行動を読まれていたわけだ。ちょっと負けた気がする。
それはさておき、放課後、部活の無い井上さんと山口は、確か職員室にある落とし物置き場にノートを探しに行ったはずだ。
「職員室にノートは無かったんだ。でも井上さんがやっぱり学校には持ってきてる気がするっていうから、途中まで帰りかけてたけど戻ってきたんだよ。俺もたまたま忘れ物があったから一緒に取りに来たの。ちょうど今ね」
そう言いながら笑う山口は、きっと忘れものなんかしてなくて井上さんに気を使わせないようにしているんだろう。
軽いように見えて、案外いい奴なんだ。
手にもってヒラヒラさせてる緑色のノート、英語の宿題のやつに見えるけどまさかそれを忘れて帰りそうになったとか、そんなはずはない。
……山口だからな。
越川と三田もそれぞれ別々に、もう一度探してみようと、戻ってきたようだ。
「ロッカーに宿題なんか入れないけど、もしかしたらって思ってさ」
「ああっ!」
自分のロッカーを覗いてた井上さんが、急に大きな声を上げた。
「……私の宿題ノート、ロッカーの中に入ってました。なんででしょう……お騒がせしてごめんなさい」
井上さんが顔を真っ赤にして、ペコっと頭を下げた。
「井上さん、ロッカーの中に入れたのを忘れてたの?」
「ううん。私は今日はロッカーには体操服を入れただけなの。でも……うっかり体操服と重なってたのかな?」
そんなバカな。
「越川と三田は、見つかった?」
「いや、俺たちも一応ロッカーの中を見てみたけどさ。開けてもないロッカーに普通は入ってないわな」
そりゃそうだ。
俺も念のため確かめてみたけど、ロッカーの中にも教室の机の中にも英語の宿題は入っていない。
俺が教室に入って机をあさっている間に、三田が井上さんに詰め寄った。
「俺は絶対に持ってきたはずなんだよ!だけどロッカーの中から出てきたりしていない。井上さん、そのノート本当に井上さんの? 名前みせてよ!」
「そ、そんな……」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
越川が間に入って、三田の暴走を止める。
「そのノートは井上さんのだよ。お前のよりきれいな字だろ」
「なんだと!」
三田はかなり頭に来てるみたいで、越川と険悪なムードになってきた。
慌てて廊下に出て、俺も三田をとめようと声をかけ……。
「マアマア」
ちょっ、俺の代りに声出すなって!
斜め掛けにしたバッグを睨みつけるも、底に潜っているソウには効果がない。少し甲高い声だけが廊下に響いた。
「……今の声、続木? 何、変な声出してるんだよ」
「あーあー、喧嘩をとめようと思ってな」
「逆にうざいんだけど」
「そ、そんなことより、もし万が一、ノートを盗られたんだとしたら、いつだ。おそらく二時間目だよな」
「うん。それしか考えられない」
今日の午前中で教室から人が全員いなくなったのは、二時間目の体育の時間だ。
「ああ、二時間目なら俺、途中で調子が悪くなったから教室に戻ってたけど、誰もこなかったぞ」
「山口! お前が盗ったんじゃないだろうな」
「まさか。ははは」
三田はどうしても自分の宿題ノートが無いことに納得がいかないらしい。
八つ当たりされてる山口が冷静なので喧嘩にはならないが、困ったな。
「まあ落ち着けよ、三田。俺がお前のノート盗って何かいいことあるのかよ」
「俺のを写そうとしたとか」
「写すなら井上さんのがいいな。いやいや、そんなことしてないよ?」
「確かに山口はノートを写したりしてなかったぞ。教科書見ながら授業中に必死に書いてたからな。宿題してたの、俺の所からも丸見えだったし。多分先生からもな」
「やべえ」
ペロッと舌を出すと、じゃあなって言って山口は緑色のノートを振りながら先に帰った。今日は残った宿題を徹夜で頑張るんだそうだ。まあ……提出期限が明後日に伸びたから、今日済ますとは思えんけどな。ガンバレ。
「私は三田君のノートは盗ってないけど、自分のもロッカーに入れた覚えがないの。体育の時に教室出るのは私が最後だったから、その後で他のクラスの子が来たのかな」
「……まあ、井上さんが盗ったとか俺も本当は思ってないから。ごめん」
「いいよ。私のだけ見つかって、ごめんね」
せっかくノートが見付かったのに、しゅんとしている井上さん。つられて俺たちも暗い雰囲気になった。
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