閑話 カワウソのお留守番

 朝の八時に、シュートは一人で学校に行ってしまいました。

 今日は私は憑いていかずにお留守番なのです。

 ええ。

 もちろんこっそり憑いていくのも得意なんですけれど、たまにはシュートの顔も立ててあげなければなりません。


 シュートが言うには、今日は学校に行っても昼休みに一緒に弁当を食べる暇がないんですって。だから家にいた方が遊べていいと言っていました。私もそう思います。

 そして今日はお爺様もお出かけしているので、本当に家の中に一人で居ます。

 え?

 私一人で留守番して大丈夫かどうかですか。

 私はもちろん一人でいても寂しくなんかありません。大人のカワウソですからね。何と言ってもあと少しで三百歳になろうかという、れっきとした大人なんです。

 きゅい!


 さて今日は一日、何をしましょうか。

 私がこの家に来た後、お爺様は扉を何か所か工事して、私が通りやすいようにしてくれました。押すだけで開けられて勝手に閉まります。なので、一人で自由に行ける場所は結構あるのです。


 本当は、この家の中のどの部屋にも、あと、屋根裏とか床下にも全部入ることができるのですよ。これは内緒ですけどね。内緒と言っても、シュートは分かってるかもしれません。私が以前ドアのノブを回して開けたのを見てましたから。けれどお爺様がせっかく私のために作ってくださった扉があるのです。

 私専用の扉!

 何という贅沢。もちろんそれを利用しますとも。

 お爺様は私に、本当に優しくしてくれます。もちろんシュートも。こんな素敵な人たちに憑いてくることができるなんて、私の人を見る目は確かだと改めて自分を褒めておこうと思います。


 そんな訳で、この家の中で私が堂々と自由に出入りできるのはシュートの部屋と台所と居間と、それから洗面所とお風呂です。

 お風呂は良いですね。小さめのタライを私用に買ってもらいました。普段はシュートと一緒にお風呂に入って、私はこのタライの中で水浴びをしています。


 でもたまに一人でのんびり長風呂したいことってありますよね。

 ええ、きっと皆さんも同じ気持ちでしょう。

 なるほど。

 今日は一人でのんびりと長風呂するのがいいかもしれません。

 今、決めました。


 私はお風呂が好きです。

 井戸の中にいた時はお風呂に入り放題というか、ずっとお風呂の中にいたと言うか、お風呂から出られなかったと言うか、まあそんな感じでした。

 いえいえ、水に浸かりっぱなしではなく、段差の所に腰掛けたり寝たりすることはあったんですよ。でも毎日水に浸かっていたのは確かです。

 本当は頑張れば井戸から自分で出ていけたんじゃないかと思うんです。でも風呂好きですから、ちょっと長風呂の感覚で過ごしていました。実際どのくらいの時間井戸の中にいたのかはよく分かりません。


 今日はそんなに長風呂はしないように気をつけます。

 ところでお風呂に入るなら一つだけ、忘れてはいけない物があります。それはタオルです。お風呂上りに誰かに体を拭いてもらったほうがいいんですよ。濡れたまま家の中を歩き回るのは上品ではありませんから。

 でも今日は一人ですので、自分でどうにか頑張ってみます。


 そういえばお風呂上りに濡れたままタオルを取ろうとすると、使うタオル以外もビチョビチョになるんですよ。

 知っていましたか?

 でも、一度は試してみないと皆さんにもわかってもらえないかもしれません。先日やってみました。

 ビチョビチョでした。

 怒られました。

 きゅい。


 さて、棚からタオルを取って……。

 よし。

 これは脱衣所の床に敷いておきます。これで準備ができました。


 ところでお爺様の家は少し古……旧型なのですが、お風呂はリフォーム済なので、新しくてとても快適です。お水もボタンをポンと押すとジャ―っと出てくるんですよ。新しいって素晴らしい!


 普段はここで、タライに水を入れて浸かるのですが、今日は何と、一人風呂です!

 つまり、ふふふ。

 湯船に水をためて、泳ぎたいと思います!

 湯船の底に栓をして、スイッチをポン。


 ――――しばらくお待ちください――――


 お水が入りました。

 素晴らしい!

 まるでプールですね。

 ところで、シュートやおじいさんはボディーソープとかシャンプーとか使いますが、あれは危険です。

 危険な香りがします。

 私は純粋に、水を楽しみたいと思います。

 きゅい。


 嬉しい時って、何と言いますか……詩的な気持ちになります。


 カワウソが

 風呂の水を掬う。

 その可愛くて小さい手の

 指の間から

 水が零れ落ち……ない!

 水掻きがあるから!


 ザブーン。

 飛び込みだってできます。

 川の中のように魚がいるともっといいのですが。

 んん……もしかして。冷蔵庫の中にあるアジを逃がしてみたらどうでしょうか。死んでますから、きっとダメですね。死んでいる魚を捕まえても楽しくないと思います。きっとそのまま食べたほうがいいはず。

 アジのことを考えると、少しお腹が空いてきました。結構長い間、ここで遊んでいたようです。そろそろお風呂から出ましょうか。

 あれ、風呂場のドアは開けっ放して入っていたので、脱衣所が少し濡れていますね……。

 マアマア。

 これくらいは大丈夫なレベルです。タオルも敷いてますし。

 床に敷いたタオルの上でゴロゴロしましょう。タオルも濡れて、ベチョベチョですけど、きっと拭かないよりはいいはずです。

 ごろーん。

 ごろーん。


 なんだか楽しくなってきました。

 ごろーん、ごろごろーん。

 きゅいきゅい!


「ただいまーーああああん? こらあー! ソウ!」

「おや、シュート。おかえりなさい」


 ごろーん、ごろごろーん。


「おまっ! これ、何してるんだよ! 床がべちょべちょだろ。あああ……」


 ん?

 おかしいですね。濡れてもいいように、ちゃんとタオルは敷いているのですが。


「じいちゃんに怒られるだろ。あー、もうっ。ほら、拭いてやるからこっちに来い!」

「わーい。やっぱり拭いてもらった方が気持ちがいいですよね。ありがとう、シュート」

「……仕方ねえな。床の拭き掃除、お前も手伝えよ」


 もちろんですとも。私はこう見えても拭き掃除がすごく得意なんですよ。

 賢くて可愛いカワウソですからね。

 きゅいきゅい。


【カワウソのお留守番 おわり】

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