(4)

 週末は三連休だった。本来だったらすごく嬉しいんだけど、残念ながら家に閉じこもったままの三日間だ。水曜日からテストが始まるので、ソウと遊びに行く訳にもいかず机にかじりついて過ごした。

 提出課題も少し残ってるんだ。先週末はソウとカラスと一緒に思いっきり遊んだので、今週末は勉強……ある意味高校生らしいといえば、まあ、そう。


 火曜日はいつもより少し早めに学校に行くことにした。周りに誰も歩いていない時を見計らって、ソウがバッグから飛び降りる。

 今日も聞き込みだって。

 気をつけろよ。


「きゅい」


 席についてすぐに教科書とノートを広げる。今日は一時間目に数学の小テストがあるから、大丈夫とは思うけど少しだけ見直しておきたい。

 ペンケースを開くと、その中にメモ用紙が一枚入っていた。こういうのはテスト前に片付けとかないとな。そのままバッグに突っ込もうとして、ちらっと見ると、メリーさんのことを書き写したメモだった。


「あ、これ……」


 メリーさんのことを思い出してしまったじゃないか。気が散るからこんなのを見てる場合じゃない。小テストの勉強を……。

 ん?

 ……あれ?

 今、ちょっと何か頭の片隅に引っかかった。なんだろう。

 うーん。

 片付けるのをやめてメモを見て首をひねっていると、うるさいやつが近付いてきた。


「続木いいい、数学教えてえええ」

「山口か。最初に『おはよう』ぐらい言えよ」

「おはよおしえてええ……」

「しょうがないな。放課後にちゃんと教えてやるから、小テストはとりあえずこの公式を暗記しとけ」

「この公式か。暗記、暗記、ん?」


 そう言うと山口が教科書を覗き込んで、ついでに俺の手にあるメモ用紙を見る。


「続木、これカンニング?」

「ちゃうわ! 先週のメリーさん情報だよ」

「あー、あれな。なんか分かった?」

「いや、まだ何も。ところで二限の音楽の時間が伸び伸びになって怒られたの、先々週だったよな?」

「先々週っていつだっけ?」

「九月三日だよ」

「ああ、たしかそう。一年生全員の合同練習だったよ。二限が終わってもまだ練習続けててさ。三限に遅れて怒られたんだった。俺達悪くないのに!」

「おっけ。ありがとう。お前はしっかり暗記しろよ」

「おっけ。暗記、あんき、あんき……」


 山口は『あんき』と呟きながら席に戻ったが、そこは公式をつぶやくべきだと俺は思うよ。

 俺も小テストの予習……まあ、どうにかなるだろ。

 それよりもさっきのメモだ。

 おかしい所に気付いてしまった。


 この学校の校則では、基本的に放課後まではスマホはロッカーに入れておくことになってる。もちろんそれを忠実に守ってるやつは多分いない。でも授業中に使っているのを見つかれば即没収のうえ一年間返却無しになる。だからバッグやポケットの中に持っていたとしても休み時間しか触らないやつがほとんどだ。

 メリーさんも、休み時間か放課後のどちらかにメッセージを上げてる。

 けど、九月三日の十時五十二分はスマホを触る暇なんかなかったはずだ。この学校の一年生は誰も。


 先々週の火曜日は普段と違って特別時間割だった。二限は音楽祭の練習で一年生全員が講堂に集合してたんだけど、さっきも山口が言ってたように時間内に練習が終わらなくて大変だったんだよ。十時五十分までのはずが、三限が始まる直前の十時五十五分くらいまで歌ってたから。

 当然だけど歌の練習中はさすがにスマホは使えない。

 メリーさんは音楽の練習を休んでたやつか、もしかしたら一年生じゃない可能性もあるんじゃないのか?


 ◆◆◆


 昼休み、いつものように俺たちは弁当を持って外に出た。

 今日は小池たちも全員揃ってる。メリーさんの話は小池たちにも話してるし、バッグからメモを出してみんなに見せた。


「え、一年生じゃないかもしれないって?」

「ああ。それか音楽会の練習の時にいなかったやつ」

「それはないと思う。あの日は全員参加だって先生言ってたじゃん」

「じゃあ一年生じゃないってこと? でも変じゃない? だってこの写真、どれをどう見たってこの高校の一年生が撮ってると思うけど」

「教室に先輩たちが来ることなんて滅多にないし、来て何枚も写真撮ってたら話題になるよな」


 メリーさんから送られてきた写真は教室内や通学路で撮られたものが多い。あまりきれいには写ってないというか、少しぼやけてるのもある。


「画像の感じからして盗撮じゃないですか?隠しカメラとか、今ってすごく小さいのがあるんでしょう?」

「げっ。きもっ」


 井上さんと村崎さんが、顔を見合わせてげええって顔をしてる。確かに気持ち悪い。


「だとしても、どこかに固定のカメラがあるって訳じゃなさそうだ。色んな場所で撮られてるからな」

「隠しカメラなら、時々教室に来る先輩の誰かって可能性もあるんじゃない?」

「そうかな?望遠鏡とか使って学校の外から撮ってるのかも。ほら、窓の方からの写真、多いよ」

「いや、窓の向こうって、ここ山の上だから何もないよな」


 いろいろと可能性をだしあってみた。盗撮の可能性は捨てがたい。望遠レンズは無さそうだ。合成してる? それか、もしかしてネットで写真を収集してるのか!


「それはないんじゃない? ほら、私が一人で写ってるこの写真は、撮った人がそもそもいないから」


 全部の写真に当てはまる仮定が思いつかない。

 ……。

 いや、違う。

 全部に当てはめる必要はないんだ。

 メリーさんはいろんな方法で写真を収集していた。

 ネットで集めたり、盗撮したり。そのほうが納得がいく。


 じゃあ誰が一体こんなことを?

 俺の持っているメモをじっと見ていた三田が、気になることがあるんだけど……と言いだした。


「だいたい何でメリーさんになったの?O-Yuって名前で投稿してるからお湯さんとか呼んでもよさそうなのに」

「ああ。今は都市伝説になぞらえてるけど、最初は名乗ってた名前がMaryだったからだと思うわ。メリーさんらしい人、何度も名前を変えて現れてるから」


 そうだったのか。昨日はそこまで遡ってみなかったからな。

 メリーさんの名前を分かっているだけ最初から順番に挙げると『Mary』『I’m』『let』『O-Yu』。


「O-Yuは名前の頭文字っぽいね。Maryはともかく、letはしたい?させて?」

「うわぁ……」

「きもっ」

「I’mってのは訳わかんないね。私はです?」

「えーっと、Mary,I’m let O-Yu.」

「そんな英文はないよね?山口くん」

「並び変えたら……って、これだけじゃ並べ替えようがないよ。待ってたら次の名前で分かると思う?」


 その時、校舎の方から走ってくるソウによって俺たちの話は中断された。


「きゅいきゅい、きゅいきゅい」

「どうした?」

「きゅいきゅい」


 珍しくうるさく鳴いて、ソウが俺の服を引っ張る。

 何かあったのか?


「きゅい!」

「ソウがついて来いって言ってるみたいだ」

「え、カワウソが?」

「ソウちゃんは賢いからなあ。行ってみよう。引っ張ってるのは校舎の方向だね。どうせ僕たちもうすぐ教室に帰る時間だったし」


 小池も援護射撃をくれて、みんなでソウについていくことに。

 先頭を歩くのはもちろんソウ……ではなく、バッグの中にソウを入れた俺な。最近忘れがちだけど、学校にはペットを連れてくるのは禁止なので隠れてもらいます。

 ソウにはバッグの中から顔を出して、その向きで方向を指示してもらうことにした。


「ここで右」

「階段を上がったら俺たちのクラスがある階だな」

「なーんだ。毎日続木と一緒に教室に通ってるから、道を覚えたのかもね。カワウソちゃんは部屋に戻りたかったの?」


 ソウが案内したのは普通に俺たちの教室の方で、みんなはソウの目的が俺たちの教室だったんだと思った。犬や猫でもよく行く場所の方向は分かるからね。

 でも教室に近付くと、俺はソウが何を言いたいのかが分かった。

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