(5)
俺たちの隣のクラスの前に、廊下をふさぐほどの人だかりがある。
わかったよ。ソウが連れてきたかったのは……。
「ここか」
「きゅい」
小さな声でソウが返事をした。
オッケー。俺が悪かった。聞いたんじゃないんだよ。もう声は出さないで。
喧騒にかき消されて周りには聞こえてないみたいで、ほっと胸をなでおろす。
「中はどうなってるの?」
村崎さんが野次馬の一人に声をかけた。
「ん? ああ村崎か。女子がもめてるんだよ。かなり激しいぜ。今先生を呼びに行ってるところ」
「マジで?」
「ああ。なんでもネットに写真を上げたとかあげてないとかで、ハブられてたんだと」
「もしかしてメリーさんが原因!?」
止めなきゃ……っていう井上さんの声にうなずいて、村崎さんが果敢に生徒を押し分けて奥に入って行く。井上さんもその後を追った。
こういう時は、俺たち男子は何もできない。というか、何もしちゃあいけない。女子には女子のお約束がある、と思う。
村崎さんが喧嘩をとめている間に、俺はダッシュで自分の教室に帰り、ソウの入ったバッグを机の横に掛けた。
いいか、絶対出るなよ。フリじゃないからな。
「仕方ありませんね。帰ってからしっかりと聞かせてくださいよ」
「任せとけ。解は求められた!」
「ぐぬぬ、キメ台詞をシュートにとられてしまいました……」
騒ぎの中心に戻ると、村崎さんと井上さんが喧嘩していた二人を引きはがして落ち着くように説得していた。
そしてそのすぐあとに慌てて走ってきた先生が、二人連れて別室へと移動する。喧嘩の理由を聞くためだが、俺たちも心当たりがあることを言って一緒についていった。
◆◆◆
先生に事情を説明するのには少し時間がかかった。具体的には、四時間目が自習になってしまうくらい。
泣いている当事者の二人に代わって、村崎さんがメリーさんの話をする。
「メリーさんは裕子なんでしょ! 裕子しか可能性がないのよ。この写真、私が知らないんだから撮ったとしたら裕子しかいないでしょ!」
そう言って彼女が見せてきたスマホには、どう見ても自撮りしたと思われる二人の女の子が写っていた。
「でも私も撮った覚えはないし、SOMEには上げてないって言ったじゃない!」
「じゃあどうしてこの写真があるのよ」
「まあまあ」
再燃し始めた喧嘩を止めようとしたら、両方からキッと睨まれた。
女子は難しい……。
けど、説明しないとな。
「メリーさんは、多分一年生じゃないんだ。それは間違いないと思う」
ポケットからメモを取り出してみんなに見せる。
「ほら、この日は音楽会の練習があって、誰もスマホなんて使えなかっただろ」
本人に確認すると、音楽会の練習の時は裕子さんもちゃんと参加していた。そのときに裕子さんがスマホを使った素振りがなかったのは、今喧嘩していた相手の子がここで証言してくれた。
元々は並んで笑った写真が撮れるくらいに仲がいい二人なんだ。だからこそ、こうして喧嘩になるのかもしれない。
もう一度メモを見る。メリーさんがSOMEに上げたメッセージの内容は、友達同士だけじゃなくて誰でも書けるような単純な相槌ばかり。
「メリーさんはこの学校の一年生じゃない。これはまだ仮説だけど、写真はいろんなところから収集してるんだと思う。例えばこの写真はネットで拾ってきたとか、こっちは隠しカメラで撮ったとか」
当事者の二人と先生にも、村崎さんのスマホに残っている何枚かの写真を見せる。
「でもこれは?」
今回の喧嘩の発端になった写真の中では、仲のよさそうな女の子二人がにっこりと笑ってこっちを見ている。
「どう見ても自撮りでしょ?」
「じゃあ、自撮りした覚えがある? 自分が写ってるなら撮ってなくても覚えてるはずだろ?」
「いつ撮ったか分からないから、隠し撮りなんじゃない……」
そう言いながらも、攻めてた女子は少し自信がなくなってきたようだ。
そう。この自撮り写真と村崎さんが一人で写ってる写真から、一つ推測できることがある。
「この中に、スマホが乗っ取られてる人がいるんだと思う」
「え……」
他人のスマホを遠隔操作できる悪質なアプリ。そういうのを作るのは、案外簡単らしい。俺は全然詳しくはないんだけどね。
最近入れたアプリで怪しいのがないか聞いてみたら、裕子って子と井上さんが、同じアプリをインストールしてるのが分かった。
「キャラが可愛くて歩くだけでポイントがたまるって、どこかで見て入れてみたんです」
「怪しいのはそれかなあ。アプリについては俺じゃあこれ以上は分かんない。誰か詳しい人に聞かないと。でももう一つ、気が付いたことがあるんだ」
先生に紙と鉛筆を借りて、そこにメリーさんの名前を並べる。
「さっきふと思ったんだけど、アナグラムじゃないかな。メリーさんの名前」
『Mary』『I’m』『let』『O-Yu』
「多分最初の『Mary』はそんなに考えてつけたんじゃないと思う。メリーさんの本名かニックネームか、よく使うIDかもしれない。けどその後の三つは、それぞれの文字を後ろから並べ替えて」
『Mary m'I tel uY-O』
「アルファベット以外を除いて読みやすくすると」
『Mary MITELUYO』
「メリー、み て る よ」
「ひええ……」
「怖い」
そこから、バタバタとパソコンに詳しい先生が呼ばれて、今までのことや他の写真についてももう一度いろいろと聞かれ、最終的には警察に届け出ることになった。
アプリは、学校の外で配られたチラシに書かれていたものだったからだ。
◆◆◆
「……という訳で、先生にいろいろと話したら結局警察に届けることになってさ」
「それで、それで、それからどうなったのですか?」
家に帰るやいなや、ソウが俺を質問攻めにしてきた。
だが残念ながらこれ以上は俺にもわからない。
「シュート、警察はどんなところでしたか? 渋い刑事さんはいましたか?」
「いや、俺は行ってないんだよ。当事者じゃないから」
警察に駆け込んだのは先生と女子たちで、結局その後の五時間目も自習になった。明日からテストだから、クラスのみんなは大喜びだ。
「なーんだ。ではその後どうなったかは分からないんですね」
「そうだな。まあ、俺たちは本物の探偵じゃないし、仕方ないよ」
「むむむ」
ソウは短い腕を腕組みすると、残念そうにいつまでも唸ってた。
◆◆◆
数日後、定期テストが全部終わった後で先生からプリントが配られた。そのプリントには該当するアプリを削除するようにという説明が書かれている。
そして放課後に、先生がこっそり俺たちに教えてくれた。どうやら学校の近くに住む三十代無職の男が捕まった。女子高生と仲良くなりたかったとか言っていたらしい。
校内の数か所に取り付けられていた隠しカメラはすべて撤去されたが、さすがにそこまでしているとなると、無罪放免という訳にはいかないだろう。
その男の苗字が『
【ep4 七不思議の八番目 おわり】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます