(2)

 長谷川先生の担当教科は化学で、授業はすごく分かりやすい。本人の申告によると二十九歳独身。背がひょろっと高くて顔は特別良くも悪くもない。というか、俺はあまり男の顔に興味はないから分からん。

 長谷川先生に恋人か、もしくは好きな人ができたんじゃないかっていう話は生徒たちの間で徐々に広がりつつある。村崎さんが嬉々として、集めてきた噂話をその都度聞かせてくれた。曰く、スマホを見つめてため息をついていたとか。夕方のまだ早い時間に帰ることが多くなったとか。最近着ている服が小奇麗になったとか。


「ふむふむ。これは事件ですね」

「いや、事件じゃないだろ」

「ではシュートは先生が本当にニノミヤさんに恋愛相談をしたと思うのですか?」

「どうして事件じゃなかったら、そんな話になるんだよ」

「私が思うに、先生はニノミヤさんに相談はしていません。でしたらなぜ、スマホを見てため息をついたり学校から早く帰ったりし始めたんでしょうか。これはきっと事件ですよ」


 ソウはなぜか盛り上がって、すっかり探偵モードになっている。

 一生懸命に先生の捜査について話していたけど、ハイハイと適当に相槌を打ちながら、ちゃんと聞かずに学校の宿題を解いていた。

 だがその二日後、俺はこの時の自分の対応を深く後悔する羽目になる。


 ◆◆◆


「ソウ、どこに行ったんだ、ソウ」


 朝、学校に着くなりいつものように一人で探検に出かけたソウは、下校時間になっても姿を見せなかった。そんなことは、今までなかった。


「続木、ソウちゃんがいなくなったの?」


 たまたま下校時間が一緒になった小池が、心配して声をかけてくれた。


「ああ。普段だったらどこで見てるんだか、俺が出てくると近寄ってくるんだけど」

「迷子になってるのかな? ソウちゃんのことだから、どこかでお昼寝かもしれないね。僕も一緒に探すよ」

「ありがとう、小池。すまんけど頼むわ」


 学校内でソウが行きそうな場所は、だいたい知ってる。だって毎日家に帰ってから、嬉しそうにその日見たことを報告してくるから。


「ソウが行きそうなのは、体育館の周りと校舎のベランダ側なんだ。俺、校舎の方を見てくるので体育館の周りを探してくれ」

「おっけー。スマホの電源入れといてね」

「了解」


 体育館の周りは、普段昼ご飯を食べてる公園があるところなので、小池にもだいたい見当がつくだろうと思う。俺はソウによく聞く場所を中心に学校中を捜す。

 教室を覗く時はベランダからが多いが、この時間帯にはもう授業はしていない。だったら小池の言うようにうっかり寝ているのかも。一番お気に入りの昼寝ポイントは、グラウンドの隅にある花壇だ。いろいろな花が密集して植えられているので、潜り込んだら見られることもない。


「ソウ」


 あまり大声を出すわけにはいかないが、人目を避けながら小声で呼んだ。

 返事はない。

 近寄って邪魔な葉と葉の間を念入りに探すが、ここにはいないか……。

 だったらこの前見つけた松の切り株の所かも。

 学校の敷地外になるので人が来る可能性が少ないからと言って、最近のお気に入り昼寝ポイントになっていた。

 旧正門まで行ってから、フェンスの穴をくぐる。


「ソウ、寝てるのか。ソーウー」


 切り株を中心に辺りを探してみるが、ソウがいるような気配は感じられない。

 だったら資料室か!

 学校の中で、ソウが簡単に潜り込めて思う存分本が読める場所がある。それが進学資料室だ。

 大学の受験用の資料を集められた場所で、一応そこでも読めるようにテーブルは置かれているがすごく狭い。だから誰かが部屋にきても、資料は借りて帰るか隣の図書室に持っていって読んでいる。

 この部屋、床に近いところにある通気口のカバーが簡単に外れるらしい。ソウは時々外から侵入して気に入った本を一冊本棚の隅に引っ張り込んでは読んでいる。

 赤本とか、面白いのかね?

 文字が読めれば何でもいいのかもしれないな。

 資料室はまだ開いていた。さいわい誰もいないので、部屋の隅々を探す。通気口のカバーは外れていなかったし、ソウはどこにも見つからなかった。


 公園に戻って小池に聞いてみたが、やっぱりどこにもソウの姿はなかったという。


「ごめんな、遅くまで探してもらって」

「いや、いいよ。でも心配だね……」

「もしかしたら先に家に帰ってるかも。それか明日には、どこからともなくフラっと帰ってくると思う」

「そうだね。じゃあまた明日」

「おー。バイバイ」


 けれど……。

 その日も、そして次の日もソウは帰ってこなかった。


 ◆◆◆


 思い出せ、俺!

 居なくなる前のソウは、何の話をしていた?


 家にいるときはずっと何か話しているソウ。

 ここ最近は……そうだ。長谷川先生の話しだ。

 やっぱり長谷川先生には何か秘密がありそうだって、楽しそうに何度も言ってた。探偵ごっこをしている時のソウは、生き生きしてる。先生の調査をすると言っては鞄を抜け出し、学校では別行動の日が続いてた。

 そして帰ってから俺にいろいろと教えてくれる。

 何て言ってたっけ……。


 あまり思い出せない。

 どうせ事件じゃないしって思って、ちゃんと聞いてなかった。

 何か隠してるみたいだって言ってたっけ。

 恋人?

 それとももっとヤバいものなのか?


 学校内でソウの行きそうなところは、だいたい探し終えたはずだ。

 残る手掛かりは、ソウが気にかけていた長谷川先生の秘密だけ。

 俺が解を求めてみせる!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る