(3)

 何か秘密がある。

 そう思って観察すれば、確かに長谷川先生の様子は怪しい。

 授業が終わったあとも、しばらくぼんやりと考え事をしているし、話しかけても反応がいつもより悪い。

 長谷川先生の秘密って、いったい何だ。


「ソウちゃん、まだ見つからないの?」

「さすがに心配だな」

「大丈夫だとは思うけどね。ソウちゃんは賢いから」


 昨日と今日は、昼休みの間みんながソウを探してくれた。

 ありがとう。


「今日は放課後に別の所を探しに行くつもりなんだ。多分家に帰ろうとして迷子になってるんだと思う」

「そっか。俺も帰り道、気を付けて見ておくよ」

「私も!」

「ところで誰か、長谷川先生の家ってどの辺にあるか知ってる?」

「ああ私、知ってるよ。友達と同じ駅だから」


 そう言ったのは村崎さんだ。村崎さんの友達の家は学校の最寄り駅から一駅だけ先で、普段は自転車で登校している。でも雨の日は電車に乗るので、先生に会うこともあるらしい。


「先生のうわさってあれからどうなってる?」

「多分好きな人ができたんだろうなーってことで落ち着いてる。でもなんだか悩んでるみたいなので、もしかしたら道ならぬ恋かも」


 ぐふふっと悪い笑みを浮かべる村崎さん。

 怖い……。

 だが情報通なのですごく助かる。

 理由は適当にごまかしつつ、先生の家のだいたいの位置を把握した。


 今日の放課後はソウを探すので帰りが遅くなるって、朝のうちにじいちゃんにも言って出てきている。そしてこれから俺がするのは、尾行だ。長谷川先生の向かうその先に、ソウを見つけるヒントがあると期待して。


 学校から駅までは近くて、坂道を降りてから線路沿いを五分くらい歩いたところにある。先生は今日も早めに帰宅するようだ。この時間帯は駅に向かって歩いている生徒も多いから、少し離れていれば後ろを歩いても気付かれる心配はない。


 先生は振り返ることもなく、駅の改札を通った。俺も黙って後を追う。

 先生の家はここから一駅先、二番ホームの電車に乗ればいい。だが先生は一番ホームに立っている。ずっとスマホの画面を睨んでいるから俺に気付かれる心配は少ないけど、なるべく死角になる位置を選んで列に並んだ。

 この時間の電車は座るのは無理だけど、ぎゅうぎゅうってほどじゃない。同じ車両の端と端に乗ることができた。先生はドアのすぐそばに陣取っている。そして電車が次の駅で停車するとさっさと降りた。


 利用客の少ない駅だったので、先生と目が合いそうになって、慌ててほかの乗客の陰に隠れる。

 尾行って、心臓に悪いな。俺には向いてないと思うよ。


 ドキドキしながら改札を出ると、先生は近くにある雑居ビルの中へと入っていった。看板を見ると、塾やオフィスと並んで動物病院の看板がある。


「動物病院……まさか」


 ソウはここに保護されたのか?

 いや、ちゃんとネームプレートを首から下げていたはずだ。もしかして事故に……いやいや、ソウはそんなにドジじゃない。


 雑居ビルの入り口で考え事をしていると、ほんの数分で先生が出てきてしまった。

 隠れる間もなく、鉢合わせる。


「おや? 続木じゃないか。どうしたんだ、こんなところで」

「長谷川先生……もしか」

「みゃ」

「みゃ?」


 か細い声がしたので視線を下げると、先生の持っているペット用のキャリーバッグから、すごく小さな子猫が顔をのぞかせていた。


「みゃ」

「おお、寒いか。よしよし」

「先生、この動物病院には猫を迎えに?」

「ああ、そうなんだよ。この猫、先週学校の銅像の前で怪我しててな。やっと退院なんだよ」

「先生が育てるんですか?」

「まあ、なあ。拾っちまったものは、仕方がないだろう」

「もしかして最近そわそわしてたのって……」

「ヤバっ。バレてた?」


 先生は空いたほうの手で、恥ずかしそうに頭を掻いた。

 子猫の様子が気になって、ついつい空き時間にこっそりスマホの写真を見たり早めに帰って病院に来たりしていたみたいだ。

 恋でも事件でもなかったってことか。

 じゃあ、ソウは?


「先生、一昨日もここに来ましたか?」

「いや。一昨日は家に用事があったのでここには来なかったな」

「ここじゃないのか……。じゃあ、えっと昨日か一昨日って、何か変わったことありませんでしたか?」

「何か? 変わったことなんて別に……あ、そういえば」


 先生が何か思い出したみたいだけど、首を振って口を閉じた。


「何があったんです? 何でもいいんで教えてください」

「続木には全然関係ないことだぞ。何がそんなに気になるんだ?」

「俺にもよく分かんないけど、気になるんです」

「まあいいけど。つまんないうわさ話だよ。俺の家の隣って庭に土蔵があってな。今は空き家になってるんだ。だから誰もいないはずなのに、土蔵から人の声がするって昨日近所のおばちゃんが……」

「まさか……」

「バカバカしい話だろ?」


 そういう先生を説き伏せて、一緒にその家の前まで行った。

 この辺りは新しい家と古い家がごちゃ混ぜに建っている。先生の家は比較的新しくて、隣の家はすごく古風だった。小さいけれど昔ながらの土蔵は、高い位置に小さな窓が一つある。

 その窓の横には上りやすそうな木が生えていて、しかも窓は壊れて隙間が空いていた。そこはちょうど長谷川先生の家を覗くのにぴったりな位置で……。


「ソウ、中にいるなら、きゅいきゅいって返事しろ」

「シュっ、きゅいきゅいきゅい、きゅいきゅい」

「ソウ!」

「きゅい!」


 それから、家の持ち主に連絡して土蔵を開けてもらうまでに二時間かかった。

 待ってる間にみんなにソウの無事を連絡する。それにしても持ち主が同じ町内に住んでいて、本当によかったと思う。他県だったら、いつになったことか。


「このカワウソ、続木のペットなのか?」

「そうなんです。迷子になってて……」

「ここ、続木の家からはずいぶん遠いよな」

「ま、まあ」

「どうしてここにいるって思ったんだ?」

「ソウの鳴き声って、よく人の話し声に間違えられるんですよ」


 不審げな先生にいろいろ言い訳して、どうにか納得してもらおうとした。

 どう考えてもオカシイ話だって、俺も思う。

 先生も最後まで首をひねっていたが、最後は「でも続木だからな」と言って追及は終わった。


「無事でよかったけど、もう逃がさないように気をつけろよ」

「は、はい」

「きゅい!」


 先生にも土蔵の持ち主の人にも何度もお礼を言う。それから、遅い時間に迷惑をかけたことを謝って、送ってくれるという先生を断って、暗くなった道を弾むように歩いた。腕の中にしっかりとソウを抱いて。


 ◆◆◆


「なあ、ソウ。だいたい見当つくけど、なぜあそこにいたんだ?」

「それはもちろん、先生を尾行して来たんです。あそこの土蔵の窓枠の所がちょうど先生の家を覗くのによさそうだと思って木を伝って上がったんですけど……足がツルっと滑っちゃいました。きゅい」

「……完全に予想通りだな」

「中は空っぽで踏み台にするようなものもありませんでしたので、窓のところまで上がれなくて、本当に困っていたところです。井戸の時みたいにまたあそこで何年も閉じ込められることを覚悟しました。まあ、死ぬことはないだろうとは思ってましたが、水がないのは辛いですね」

「……そういえば、井戸にも閉じ込められてたっけ」


 この、ドジカワウソめ!


「マアマア。きっとシュートが見つけてくれると思ってましたよ」

「たまたまだ。こんなに都合よく見つかることはもうない。次から気をつけろよ」

「きゅい。ところで長谷川先生の秘密は分かりましたか?」

「ああ。事件でも恋でも無くて、子猫を拾っただけだったよ」


 そう言うと、ソウはちょっと首をひねってしばらく黙ってなにか考え事をし始めた。


「そうですか。おかしいですね。きっと事件だと思ったのに。あ、そういえばシュート、一昨日学校を歩き回っていた時に、奇妙なものを見つけたんですよ。これはきっと事件ですよ!」


 このカワウソ……ちっとも反省していないな。

 そして俺はまた明日も、しょうもない事件に巻き込まれるんだろう。


【ep7 長谷川先生の恋……じゃなかった! おわり】

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