(2)
「昔は松の木も本当に、校門の側に植わってたみたい。今はどこを探しても一本もみつからないって書かれてたよ」
「フィクションだからなあ」
「でも長谷川先生も、あるって言ってましたよね」
と、小池が言う。
そう。先生が言うから探そうと思ったんだ。しかもかなり探さないと見つからないようなことを匂わせてたな。ということは、松はすごくわかりにくい場所にあるのか、あるいは形を変えて残されているのかもしれない。
「じゃあ何処にあるんでしょうか」
「井上さんも気になるよね。大丈夫! 俺たちが力を合わせて探せば見つかるさ」
「先に恋愛成就する相手を見つけた方がいいかも。ねえ山口クン」
「そんなの、いつか出来るかもしれないじゃん……」
村崎さんの無慈悲 な突っ込みにガックリ落ち込んでる山口。
いや、それここにいる全員だろ……。一様に肩を落とす男たちに対して、女子二人はなんだか楽しそうに笑っている。
というところで、今日の昼休みは終了。
恋愛成就の松の捜索は明日から始めることになった。
◆◆◆
「ふむふむ。それは興味深い話ですね」
家に帰って今日の話をソウに伝えると、顎に指を当てて真面目な顔で頷いている。多分偉そうなポーズなのだろうけど、あざと可愛くしか見えない。
カワウソだからな。
「まずは松の木が本当に無いのかどうか、探してみようと思う」
「それがいいでしょう。では明日からの捜索は、私も全力でお手伝いしますね」
「うん。ソウにも頼もうかな。よろしく」
案の定、ソウは松の捜索にやる気満々だ。学校内だけでもそれなりに広い。授業を受けている間も探してもらえれば、
俺たちが全員で動けるのは実質昼休みしかない。放課後はみんなそれぞれ別の部活に入っていて、休みの日がバラバラなんだ。唯一、水曜日は殆どの部活が休みなので、その日はみんなで放課後に探してみようということになってる。
「ところでソウ、松って分かるのか?」
「分かりますとも。こんなにかわいく見えてももうすぐ三百歳になるのですよ。カワウソ界の生きるウィキペディアと言えば私をおいてほかにはいないでしょう。松はマツ科の植物のことですね。裸子植物で一本の木に雄花と雌花が付きます。葉が針状に細長いのが、見た目に分かりやすい特徴です。松ぼっくりの中には時々種が入っていて、これは食べるととってもおいしいんです。私もよくおやつに頂いていました。種が入っていない空の松ぼっくりだとガッカリします。それにリスやネズミが食べてしまっていることも多いんです。彼らはすばしっこくて抜け目がないですから」
「お、おう」
そのあとしばらくの間、ソウは松ぼっくりの種がどんなにおいしいかを語り続けてくれた。少なくとも松ぼっくりに関しては詳しそうだ。ソウの食欲につられた嗅覚で、松の木が見つかるといいけどなあ。
「では、明日は朝から校庭の隅から隅まで」
「まあ、まてまて。うちの高校、結構広いからな。見取り図を貰ってきたんだ。簡単なやつだけど」
「ほほう。さすがですね、シュート。私の助手を名乗るだけのことはあります」
「助手は名乗ってねーからな」
「マアマア」
敷地は広いが、敷地内に木が生えている場所はそんなに多くない。一番多いのが昼休みにいる体育館と第二校舎の間のスペースだ。ここは今日のうちにみんなでざっと見て、松の木がないことは確かめた。
校門を入ってから靴箱までの道には街路樹が植わっているが、そこにも松は植わっていない。
「ということは、可能性があるのはココか……、ココの二か所だな」
普段あまり行かない場所で木が植えられているのは、食堂から見える中庭と、第二校舎の北側で普段使う本校舎から一番離れている所。この二か所くらいだろう。
「第二校舎の向こう側を通ってフェンス沿いに歩けば、途中に植えられている木もチェックできるな」
「ふむふむ。第二校舎の向こう側は私もまだ行ったことがない場所ですね」
「昔はそっちに正門があったんだ。今は塞がれてるけど、門は残ってる」
「ほう?」
「外から学校に繋がってる道が新しくなったんだよ。それまで獣道しかなかったところを、車が通れるように整備して、そのついでに正門を南側に移したんだ」
つまり、校門のそばにあった松って、旧正門の方じゃないだろうか。
「ということは、私が午前中に旧正門の周りを探せばいいのですね」
「いや、実はソウには別の所を探してもらおうと考えてる」
「え……ええ……」
一番怪しい所の捜索を任されなかったということでガックリと落ち込む。そんなソウに慌てて理由を説明する。
「みんなにはソウが喋れること、言ってないだろ。だからソウが探して『ありませんでした』って言ったからとみんなに説明できないじゃないか。それに学校の敷地内だったら俺たちでも探せるんだよ。昼休みに旧正門の周りを探すから、その時にソウも合流しよう」
「一緒に! それは楽しそうです」
「そして午前中に探してほしいのは、俺たちじゃあ無理で、ソウにしか頼めないんだ。しかも危険があるかもしれないから……安全第一でお願いしたいんだけど、いいかな?」
「危険な捜査を私が! いったいどこを探すのでしょうか」
「学校の周りに林があるだろ?そこに松が植わってないかどうか調べてほしいんだ。ソウは山歩きには慣れてるみたいだから」
明日の捜索で一応学校の敷地内は全部確認できるだろう。それくらい、敷地内にはたいして木は植えられていない。ただ問題は、美野川高校って山の中に建ってるから敷地の外には木がいっぱい植わってるんだよね。
うっそうと茂った雑木林は、木はそんなに密集していないんだけど足元が雑草と蔓草でおおわれていて、ちょっと入りたくない。年に二回くらいは草が刈られてるけど、今の時期は特にボウボウで歩きにくいのだ。
「でも多分居ないとは言われてるけど、熊がいたりしたらいけないから、ソウも危険だったらすぐに引き返してくれ。無理ならいかなくてもいいよ。先生の言い方だとそんなに行きにくい場所じゃないはずだから、道から二、三メートルくらいの幅を確認したらいいと思うんだけど……」
「わかりました。それは私にしかできない捜査ですね。もちろん気をつけますとも。森や林は私の得意とするところです。あまり奥に入り込まないように、人間でも行きやすいところを調べてみましょう」
ソウは勢いよく立ち上がって自分の胸をぺちぺちと叩いた。
ドーンと任せろ……って意味かな。
可愛いけれど、すごく頼もしい。
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