ep5 恋愛成就の松(1)

 三時間目の終わりのチャイムが鳴ると、教室中で一斉にガタガタと椅子を動かす音が響く。期末テストの最後の教科が、ようやくこれで終了だ。最後が数学って、地味にダメージが残る気がする。


「テスト、終わったね!どうだった?」

「……テスト……終わった」


 わざわざ近くまで来てそんな報告をしてくれたのは、村崎さんと山口だ。

 テスト、終わったね。

 期末テストの期間は五日間。中学の時よりも長くて時々空き時間がある。昨日までの四日間は午前中に終わってそのまま帰宅する。昼までで部活もないから、案外のんびりできた。

 でも最終日の今日は、午後もしっかりと授業が入ってる。今日午前中で終わったら、午後は心の底からのんびりできるのに!


 というものの、久しぶりの学校での弁当タイムは楽しみでもある。今日の昼休みはみんなと一緒に外で食べようということになった。体育館と旧校舎の間にあるスペース、いつもの公園へ。ソウは今日までは家で留守番をしているからわざわざ外に出なくてもいいんだけどね。でも外だと気兼ねなく喋れるのがいい。そういえば留守番中のソウはなんか昨日見たら庭に穴を掘ってたけど、あれ、大丈夫かな……。思い出すと一抹の不安がよぎる。


 そんなことはさておき、弁当の入ったバッグを持ってみんなと一緒にワイワイ喋りながら廊下を歩いてると、担任の長谷川先生とすれ違う。その時は、ちょうど七不思議について話していたところだった。

 テスト期間が始まる前に、七不思議の八番目『SNSのメリーさん』が衝撃的な結末を迎えた。その日のうちに先生が口頭でアプリについて注意して、クラスの中ではその話題でテスト期間中もずっと盛り上がっていた。それがきっかけで他の七不思議もよくクラスの中で話題に上がっている。俺たちの話もここ数日はもっぱら七不思議についてだ。


 今日は歩きながら『恋愛成就の松』について話してたんだけど、たまたま横を通りかかった長谷川先生が、俺たちに話しかけてきた。


「恋愛成就の松なら、あるぞ」

「え?」

「七不思議だろ? 先生も昔この学校にいたからな。知ってるよ」

「マジで?」

「ええー、松の木はないって聞いたんですけど、どこにあるんですか?」

「そりゃあ、自分で探さないと効果がないんじゃないかな。先生だって高校生の頃にすごく頑張って探したものさ」


 長谷川先生は自己紹介で『二十九歳だ、まだおっさんじゃない』とか言ってたから、今からおよそ十年くらい前のことか。その頃にはもう、七不思議ってあったということだな。もっとも今の七不思議と同じものとは限らないけどね。


「お前たちはまだ一年生だし、時間はたっぷりある。卒業までに見つけられるように、頑張れよ」

「もしかして先生がいたときには松の木があったとか」

「いや……んー、どうだったかな。ははは。先生が高校生の頃も今も同じ所に『恋愛成就の松』はあるよ。健闘を祈る! じゃあな」


 笑いながら手を振って、先生は行ってしまった。

 そんな訳で、今日の昼メシ時の話題は『恋愛成就の松』についてだ。


「『恋愛成就の松』って、正確にはどんな話だっけ」

「えっとね」


 村崎さんが箸を持ったまま宙を見つめて、語り始めた。


 ◆◆◆


 昔々、この学校ができるよりもずっと前のこと。

 今この学校が建っている場所にはきこりの使っている山小屋があった。そのそばには一本の大きな松の木が生えていた。麓の村からの目印になるくらい大きな松だ。

 樵の権左ごんざという男は真面目ではあったが、いかつい見た目とは裏腹に気が弱く、樵仲間からは馬鹿にされている。そんな権左にも親が決めた許嫁がいた。「マツ」という名のその娘は気立てがよく、気が弱い権左の優しい性格を理解している。二人は親が決めた間柄ながらも愛をはぐくみ、年が明けたら夫婦になろうと誓い合っていた。

 秋も深まってきたある日、権左が山で木を切っていると樵仲間の悲鳴が聞こえてくる。慌てて悲鳴のした方へ走っていくと、冬眠前の熊が襲い掛かっている。普段は気が弱くて動きも遅い権左だったが、とっさに手に持っていた斧を構えて熊に立ち向かった。

 熊は逃げ樵仲間は無事だったが、仲間をかばった権左は大けがをしてしまう。


 寝込む権左のことを村人たちは親身になって看病はしたものの、回復するかもわからない権左の様子に、マツとの結婚は白紙に戻された。しかしマツは諦めない。必死に親を説得しながら、権左を看病する合間に毎日樵小屋のそばの松の所に行って祈る。


「どうか権左さまの怪我が早くよくなりますように」


 この松の木が、いつもマツの代わりに自分を見守ってくれている気がする。そう言っていた権左のために、どうか力を貸してください。

 そんな祈りが届いたのか、権左は驚くほどの早さで回復し、樵の仕事に復帰する。そして予定よりも少しだけ遅れて、権左とマツは祝言を上げて夫婦になることができた。


 回復した権左とマツは樵小屋の松の木にお参りして、何度も礼を言う。

 その後、幸せに暮らした権左とマツは生涯松の木を守り、新年には必ず松の木にお参りするようになった。


 これはこの地域に昔から伝わる伝承だ。

 それから時は流れ、樵小屋はいつしか無くなった。そして今からおよそ百年前、そこに学校ができる。

 当時は不安定な世界情勢で、この学校を卒業した生徒の中にも戦争へと向かう者がいた。そのときに離れ離れになった許嫁が権左とマツの伝承にすがるようにここまで登り、正門の所に生えていた松の木に祈る。やがて二人は無事に再会し結ばれることができた。

 時代が変わって学校が男女共学になると、その松は校内で『恋愛成就の松』と呼ばれはじめる。この学校で恋人になった二人は、松の下で誓うとたとえひととき別れたとしてもいつか必ず結ばれるのだ。


 何の根拠もない昔話だろう。と、そう思う気持ちは分かる。

 けれどあながち出鱈目でもないのかもしれない。なぜなら十歳年上の従妹がこの春、松の下で誓い合った恋人と紆余曲折がありながらもついに結婚したから。

 そして私もたった今、この松の下で彼と……。


 ◆◆◆


「詳しいな、村崎さん。って言うか最後の謎のモノローグ、何?」

「あはは。文芸部の去年の冊子からの引用よ。部室にあったのを読んだんだけど、ちょうどこの学校の七不思議がテーマだったから」


 元々は『この学校の松の下で愛を誓うと、将来結婚できる』だったらしい。七不思議の中でも一番古くて、学校設立当初からある伝説だ。

 それがだんだん変化して、最近では別れても同窓会で必ず復縁するという話になっている。


「それってフィクション?」

「多分そう。でもあとがきに『念入りに資料を調べた』って書いてあったよ。だから資料的な何かはあるんだと思う」


 今のところ他に参考にするものもないからなあ。

 じゃあそれをもとに探してみるか。


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