(2)

「きゅいきゅい」

「あれ? ソウってもしかして匂いが追えるのか?」


 鼻をくんくんさせているので聞いてみると、ソウが何度も頷く。


「カワウソくん、すごい!」

「きゅいっ!」


 くんくんと鼻を動かしながら歩くソウと、それを追いかける女の子。

 公園内では危険もないだろうし、俺は少し離れて付いていこう。

 駐輪場を通り抜けて公園に出た時に、後ろから声をかけられた。


「あれ、続木くん、どこに行くの」

「あっ、小池か。すまん、ちょっとな。迷子の猫を一緒に探してやろうと思って」


 声をかけてきたのは、一緒に勉強する予定だった小池だ。たまたま今来て、俺を見つけたって。

 よかった。小池のこと、すっかり忘れてた。

 丁度いいからここで断っとこう。


「そんな訳で、先に行って勉強しててくれ」

「何言ってるんだよ。困ってるなら僕も手伝うよ」

「まじで? さんきゅ!」


 小池、いいヤツだ。

 立ち止まった俺たちを気にもせずに、どんどん先を歩くソウと女の子。俺たちも慌てて後を追う。まあ、公園内は木が生えてても見通しは良いので、今のところ迷子になる心配はない。それは良いけど、猫の姿も見えないなあ。


 ところで、公園内を右へ左へと歩き回る小学生とカワウソ、それを追いかける高校生二人って、逆にちょっと怪しくないか?

 しばらく追いかけているうちに、少し人目が気になり始めた。そんな時ソウが一本の木の下で立ち止まる。


「何か見つけたのか?」

「きゅい……」


 小さく頭を横に振るソウ。

 木の上を見上げているが、そこに猫のいる様子はない。

 ああ、木に登ってジャンプしたかなんかで、匂いが途切れてるんだな。

 ソウは木の周りをぐるぐるとまわって、痕跡を探している。


「この動物、カワウソ?」

「ああ」

「続木くんのペットなの?」

「あ、ああ。そうだよ」


 ペットというか、押しかけられたというか、取り憑かれたというか。


「珍しいね。それに頭が良さそうだなあ。犬みたい」

「きゅい!」


 ソウは立ち止まって振り返ると、キリッとした顔になって首を横に振った。


「犬と一緒にするなって言ってるみたいだぞ。知らんけど」

「本当に頭良さそうだよねえ。あ、また匂いを見つけたみたい」


 ソウが歩きだしたので、またぞろぞろと後をついて歩く。女の子と俺たちの距離はいつの間にかすごく近くなってて、自然と普通に話していた。


「ユメちゃんはとってもかわいくて、とっても頭のいい猫なの」

「へえ。すごいな」

「どんな模様の猫なの?」

「真っ白いよ。こんなに小さい時に拾ってきたの」


 小さな手の指と指を広げて、説明する。その後に腕で大きなわっかを作ってみせた。それが今の猫のサイズらしい。


「シッポが短くて、赤い首輪をして、お散歩用の黒いハーネスをつけてるの」

「オッケー。それくらい分かってれば、きっと見つかるさ」


 しかし公園から出たところで、ソウの嗅覚を使って探すのは諦めることになった。交通量はさほど多くないとはいえ、車の通る道路で匂いを追って歩くのは危険すぎる。


「きゅい……」

「落ち込まなくてもいいぞ。ソウはここまで追いかけてくれたんだから、次は俺たちの番だ。えっと……まずは聞き込みだな」


 うなだれているソウを抱きかかえてリュックに入れた。さあ、公園の外に出よう。ソウはリュックの上から顔を出して、俺たちと一緒に周りを見回している。

 リュックを背負ってたら見えないだろうって?うん。背後だけどね。気配がするの。きゅいきゅい鳴いてるし。


 公園から出てすぐの歩道に立って、周りを見る。平日の昼間だからだいたい人通りは少なくて、今は誰も歩いていない。

 道沿いには民家がいくつかと、アパートと事務所みたいなプレハブ、そして道路の向こう側にコンビニがあった。


「コンビニで聞いてみよう」

「うん」

「ソウは隠れとけよ」

「きゅい」


 二十メートルほど離れたところにある横断歩道を渡って、コンビニの中に入る。

 涼しい!店内の冷たい風に当たって、生き返るような心地になる。

 あまり大きくない店内には、三人の店員がいた。


「あのう……」


 女の子が思い切って声をかけようとしたが、言葉に詰まってしまう。まだ小さいからなあ。よし。ここはお兄さんたちに任せたまえ。


「すみません。白い猫を探しているんですが、この店の前を通りませんでしたか?」

「んん? 猫? 俺は見てないなあ。店の中にいたし。あ、そうだ」


 入口付近にいた店員が振り返って、レジにいる店員に声をかけた。


「なあ、山田。さっき外の掃除してたじゃん?猫見てない?」

「ん? ああ、見たよ! かわいいよね、猫。餌をやれないのが残念だよねー」

「本当ですか!どっちに行ったか教えてください」

「え、え、ああ、えーっと、何色の猫?チャトラと白と三毛がいたけど」


 猫、多いな。


「白い猫です。赤い首輪で」

「ああ、みたみた。黒い服を着てた?」

「それです!」


 ハーネスは黒いと言ってたから、ちょっとベストっぽいやつなんだろうな。

 どうも店員の山田さんは猫好きらしく、この暑いのに外の掃除を率先してやるみたいだ。そして暑さに日陰ででろーんと伸びている猫を見つけて眺めるのを楽しみにしているって。


「この近所は地域猫が多いからね。その白い猫は普段見かけない子。ちょっとだけ三毛と睨み合ってから、あっちのほうに行ったよ」


 そう言ってコンビニの横の路地を指さした。

 図書館とは反対の方角だ。そっちは住宅街になってて、俺は普段は通ったりしない道だから詳しくない。

 だけど女の子は喜んで声を上げた。


「あっちは私の家がある方向!」

「そうか! ユメちゃんは家の方角が分かって、ちゃんとひとりで帰ったのかもな」

「うんうん。そうだったらいいね」

「きゅいっ!」


 ということは、ユメちゃんは多分家に帰ったんだろう。これまでも女の子の家族とリードをつけて散歩することはあったみたいだから、道も知ってると思う。

 だったら、もう大丈夫かな?

 でも、ここまで来たら最後まで見届けようか。

 小池とそう目で語ってから、皆で一緒に女の子の家の方に向かった。

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