(3)

 一軒家の並ぶ通りを、女の子と並んで歩く。(小池も一緒だヨ)

 家に近付くにつれて、その子はすっかり元気になって、大きな声で学校の友達の話をいろいろと教えてくれた。

 小学校とか、卒業してもう何年になるかなあ。

 四年か。パソコンの授業の話とか聞いたら、最近の小学校事情って俺たちの頃と随分変わってる気がするよ。

 それにしても、小池は案外面倒見がいい。俺よりもずっと丁寧にその子に返事を返してる。二人で歩くよりもいくらか怪しさも少ない気がするし、いてくれて本当によかった。


 女の子の家はそんなに遠くないらしく、話している途中で「あの向こうだよ!」と、指さして教えてくれた。


「きゅい」


 ソウはリュックの中から顔を出して、楽しそうにきゅいきゅいと鳴いている。女の子も時々背伸びをして、頭をなでたり。しかしほんと、ソウは人前では人間の言葉を喋らないつもりらしいよ。お喋り大好きだから一緒に話したいだろうに、謎のカワウソルール!

 そうしているうちに、すぐに女の子の家のすぐ手前まで来た。


「じゃあ俺たちはちょっとだけここで待ってるから、家を見てきなよ」

「分かった。お兄ちゃんたち、ありがとう」

「いいって、いいって。早く家の周りを探しておいで」


 無事に猫が帰り着いてるといいけどな。

 駆けて行った女の子を見ながら、俺たちはぼんやりと道端に立っている。女の子はすぐ先の家の中に消えた。


「もうちょっと待って、あの子が出てこないようなら図書館に戻ろうか」

「そうだね」


 二人でそんな話をしていると、急にリュックからソウが飛び出した。


「あ、こらっ」

「きゅい!」


 立ち止まってキリッとした顔でこっちを一瞥すると、すぐにまた向こうを向いて大急ぎで走っていく。

 何だ?

 俺たちに追いかけて来いって言ってるのか? もちろん、そのまま放っておくわけにもいかない。俺と小池は慌ててソウを追いかける。角を一回だけ曲がってすぐに、ソウは駆けていった勢いのままに、草むらの中に突っ込んだ。

 そこは、ちょうど家一軒分の草ぼうぼうの空き地だ。


「こら、ソウ。勝手に入ったら駄目だろ」

「きゅいきゅい」

「空き地だってよその人の土地なんだから」


 塀も何もない本当の空き地だけど、入ったら怒られるよな?

 でも早く連れ戻さないと。草に隠れてしまいそうな小さな体を、見失わないように慌てて追いかける。

 すみませんね。ちょっとお邪魔しまーす。

 おそるおそる空き地の草を踏み分けて少しだけ空き地の中に入る。ソウに近付くとすぐに理由が分かった。

 その空き地の真ん中で、草に隠れるように二匹の猫が睨み合っている。


「ウーー」

「ウーー」


 低く唸る声と逆立った毛。今にもバトルが始まりそうな雰囲気……。

 前傾姿勢で強そうなのは、かなり大柄な茶色が多めの三毛猫だった。テリトリーに迷い込んだ猫を威嚇しているのだろう。もう一匹は黒いベストを着た真っ白な猫。


「ユメちゃんだ」


 小池が叫ぶ。

 その声に驚いて二匹の猫が大きく一歩、飛び下がった。三毛の視線がこちらに振れると、ソウが一歩前に進む。猫よりは少し小柄なカワウソだが、気迫では負けていない。下がった猫を追い詰めるように、ソウはもう一歩前へ進んだ。

 ちょっとの間三匹で睨み合う。


 そして最初に根負けしたのは三毛だった。誰も手を出したわけじゃないけれど、その場から三毛が離脱した。プイッと目をそらして後方に走り、あっという間に隣家の塀に上がって、そこから先は悠々と去っていく。

 空き地に残ったのはソウとユメちゃんの二匹だ。

 さっきまでのにらみ合いとは打って変わって、ソウがしっぽを体の前に出して小刻みに振り、ユメちゃんを誘い始めた。ユメちゃんの様子が、警戒から獲物を見つけたハンターに変わる。頭を下げておしりを揺らし攻撃態勢に入った。

 手に汗握って見つめる俺たち。


「……なに、この状況」


 ◆◆◆


「本当にそのカワウソくん、頭良いねえ」


 しみじみと、小池が呟く。

 まあな。だって俺たちの言葉、全部理解できてるし。でもそんなことは言えない……よなあ。


「そうか? 最後は遊んでただけだろう?」

「だってカワウソくんのおかげで、ユメちゃんは無事捕まえたんだから」

「まあな」


 結局、睨み合っていたソウとユメちゃんは、いつの間にか仲良くじゃれ始めていた。というか、ユメちゃんがソウのしっぽに弄ばれていた。

 ソウのしっぽにじゃれつくユメちゃんは、あっさり捕まえることができた。女の子の家の前に戻ると、ちょうど中から泣きそうになって出てきた。そして俺の手の中にいる猫を見て、目を真ん丸にする。


「ユメちゃん!」

「みゃー」


 女の子に無事猫を返して、別れを告げる。


「ありがとう。お兄ちゃんたち。それとカワウソくん!」

「きゅい」


 女の子の笑顔に向かって大きく手を振って、俺たちは図書館に戻った。


「なんだか朝からずいぶん疲れたぞ。今日はもう宿題は止めにしねえ?」

「まあまあ。ジュースでも飲んで、少し頑張ろうよ」


 それから俺は小池に引っ張っていかれ、弁当の時間までみっちりと宿題に取り組まされた。

 ああ、そういえば図書館に入る時に俺のリュックに潜り込んだソウを見て、クソ真面目な小池はペット持ち込み禁止を厳しく言い聞かせていた。ソウに向かって。

 結局お許しがもらえず、俺達が勉強している間、外で待っていたソウだったが、窓からちょこちょこと顔をのぞかせて気になって仕方がねえ。


「なあ、小池。午後からは、俺のじいちゃんの家で勉強しねえ?」

「いいの? 僕はいいけど」

「ああ。友達連れて来いって言われてるし、ソウもちょろちょろと視界にうるせえし」


 外の公園で弁当を食べながら、そんな話をした。

 そして、川沿いの道を来た時と逆に向かって走る。俺のすぐ後ろに小池の自転車が続く。


「もっと飛ばしてもいいのですよ」

「えー、続木くん、何か言った?」

「いや、なんでもねえよ。もうちょっとスピード上げようか」

「きゅい!」


 夏の日差しがギラギラと照りつけるなか、俺たちは笑いながら自転車を走らせた。


【ep1 迷子を捜せ! おわり】

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