(2)

 うっかり、井戸でカワウソを拾ってしまった。

 いや、拾うつもりはなかったよ。けど憑いて来るから……。

 一方的に俺に取り憑くと宣言したカワウソは、宣言通りそのままじいちゃんの家の裏口までちょろちょろ歩いて付いてくる。


「シュート、この水はどうするんですか?」

「そこの畑に撒くんだよ」

「ほうほう。これは小さいながらも立派な家庭菜園ですね」


 井戸から汲んだ水を適当にその辺に振り撒く。俺は井戸から水を汲みたかっただけで、使い道なんて考えてなかったから、ほんと適当に。

 神社と隣接している裏の畑には、キュウリやトマトが綺麗な実をつけていた。じいちゃんの自慢の野菜だ。


「おいしそうです」

「おいしいよ。でもカワウソは野菜なんか食べないだろう?」

「とんでもない。食べますとも!」


 カワウソが野菜を? 本当かなあ……。

 バケツを片付けてから、勝手口のドアを開けた。


「という訳で、カワウソを拾ったんだけど。どうしよう、じいちゃん」

「きゅいきゅい」

「ほうほう。可愛いのぅ。ちゃんと自分で世話をせぇよ」


 じいちゃん、本当に俺の話をちゃんと聞いたんだろうか……。カワウソだぞ?しかも喋るし?

 今は何故かきゅいきゅいしか言わないけど、神社からここまでずっと喋ってたよ?

 そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、じいちゃんはうんうんと頷くと、あっさりとカワウソを家に入れる許可をくれた。


 ◆◆◆


 そうだ。簡単に自己紹介しておこう。

 俺の名は続木修人つづきしゅうと。今年の春に県立美野川高校みのかわこうこうに入学した、高校一年生だ。

 夏休みに入るまでは家から通っていたが、遠くて通学に時間がかかるので、母方のじいちゃんの家に居候することになった。じいちゃんの家は美野川高校のすぐそばにあるのだ。夏休みの補習が終わってから引っ越してきて、今日で四日目か五日目くらいになる。


 じいちゃんはもう長いこと一人で暮らしているが、まだまだ元気な六十七歳。


「修人の世話くらいなんでもないぞ」

「お父さん、甘やかさないでくださいね。修人も高校生なんだからちゃんと家事をしなさいよ」


 母さんとじいちゃんの間でそんな会話が交わされ、あっさりと俺の引っ越しが決まる。それから一週間ほど、母さんに料理の特訓された。

(つまり家でご飯を作らされた!!)

 こっちに来てからは、朝ごはんと昼の弁当を二人分きっちり作っている。その代わり晩御飯と洗濯はじいちゃんがやってくれるのでまあ、家とあまり変わらない毎日だ。

 じいちゃんと母さんは親子だけによく似てて、放任主義というか大雑把というか、とにかく雑だ。だから俺は自分のことは大体自分で出来るように育ってしまった。

 それもあって、じいちゃんの家に下宿するが、誰からもたいして心配もされていない。

 俺自身も気楽だ。家も帰ろうと思えばいつでも帰れる距離だからね。


 引っ越しの片づけをしながら部活や夏休みの宿題と、今日まではそれなりに忙しい毎日だった。けど部活が昨日までいったん終わり、今日から八月の終わりまでは休みになる。そこで小さい頃からずっと気になっていた井戸を覗きに行ったわけ。そして今、こんな目に合ってる。


「なるほど。なかなかいい部屋ですね。私の寝床はバスタオルで構いませんので、お借りしてきてください」

「おまえ、自分で喋れるだろ。バスタオル借りて来いよ。なんでじいちゃんの前では『きゅいきゅい』しか言わないんだよ」

「ふふん」


 カワウソのやつ、鼻で笑ったぞ。


「シュートもまだまだ子供ですね。カワウソが喋るわけないじゃないですか。私が歩いて行って『お爺様、寝床を作りたいのでバスタオルを貸してください』なんて言ったらおかしいでしょう」

「今、喋ってるよな?」

「それはそれ、これはこれです。さあ、バスタオルをお願いします」


 納得いかないが、仕方ないので古くなったバスタオルを数枚、カワウソ用に貰ってきてやった。

 カワウソは喜んで一枚口にくわえると、部屋の隅に引っ張っていき、しきりに広げたり丸めたりして寝床を作る。

 こうしてみると普通のカワウソなんだな。

 まあ、普通のカワウソってのも、実はよく知らないんだけど。


「それで、おまえ一体何者なんだ?」

「ようやく聞いてくれましたか。普通最初に聞きますよね」


 最初は、それどころじゃなかったんだよ! 


「で、何なの?」

「カワウソです」

「そーれーはー、知ってるから!」

「じゃあ何が聞きたいんですか?」

「だから、どうして喋るのかとか、なんで井戸の中にいたのかとか」

「ああ、なるほど」


 カワウソは二本足で立ち上がると、偉そうに腕を組もうとして失敗した。

 前足、短いからな。

 一瞬きょろきょろっと周りを見回して、それからさりげなく畳んでいるバスタオルに寄りかかった。

 誤魔化そうとしたか。うん。見ないふりしてあげよう。


「喋るのは自然と……ですかねえ」


 そう言うとカワウソは尻尾を体の前に回して、俺に見せてきた。その尻尾の先は、五センチくらいのところで三つに分かれて、フォークみたいになっている。


「生まれてからだいたい百年ほど経った頃でしょうか。しっぽの先が二つに分かれたのですよ。それ以来何となく人や他の動物の言いたいことが分かるようになりました」

「三つに分かれてるぞ?」

「ですからそれを今から話そうとしていたのですよ。シュートはせっかちですね」

「ぐぬぬ」

「それからさらに百年経った頃、しっぽが三つに分かれて、その時からあまり物を食べなくても水があれば生きていけるようになったんです。これって凄いですよね。どうやって栄養を取っているんでしょうか?我ながら不思議なんです。でも何も食べれないっていう訳じゃなくて、食べるのは大好きです。何が好きかと言うと、カワウソといえば基本は川魚やサワガニなどを食べると思うじゃないですか?でも私はそういうのにあまりこだわりがありませんので、鮎も好きですしアジもサバもマグロも好きですよ。昔は食べれなかったものもありますが、今ではいろいろと食べれるようになりました。ニンジンやリンゴも好きですね。果物は甘いのがいいんです。ああ、そういえば猫のごはんも結構いけます。カリカリしてておやつにはぴったりだと思いますよ。普段はお爺様やシュートと一緒の御飯で構いませんし、たまにはシュートのお小遣いで何かおやつを買ってくれたら、それはそれでありがたく頂きます。お小遣いといえば、私も一度お小遣いをもらって買い物などしてみたいものですねえ。そもそも長生きをしすぎるといろいろなものに興味を失うとか言いますけれど、実際のところ私はまだまだ知りたいことややりたい事がたくさ………………」


 どこで息継ぎしてるんだろう?カワウソは身振り手振りでまだ話を続けている。

 それを聞きながら、俺にもひとつわかったことがある。

 カワウソは喋るのが好き。

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