(4)

 外に出るとすぐに、カラスの気配を感じた。やっぱり待ってるんだな。

 足元でカツンと石が落ちる音がする。


 戦闘開始の合図だ。


 俺の腕からソウが勢いよく飛び出す。カラスもまた、さっきと同じように木の植わっている方に飛んで行った。俺たちも負けじと追って走る。


 木のそばでは、また同じことが繰り返されていた。カラスは木の葉を落とし、ソウは怒って木に登る。ある程度登ったところで、カラスがソウをつつく。


「あぶなっ」

「あっ、ソウちゃん……」


 越川と小池が思わず声をあげた。

 ソウの希望もあって、俺たち人間は手伝わないことにしている。

 いや、もちろんソウが喋ったわけじゃない。そこは以心伝心というか、ソウのやつが考えてることが駄々洩れというか、そもそも動作が表現力あり過ぎるというか、まあそういうことだ。

 だから俺もソウを受け止めに行かなかった。カラスに突かれて地面に落ちるけど、さすが野生動物。地面に着く前にくるりと身をひねり態勢を整えて、衝撃を和らげていた。


 俺と山口はすぐ近くにある木陰のベンチに座って小さい声で応援してる。

 頑張れ、ソウ!

 小池と越川も、少し離れた第二地点近くのベンチで待機中。俺達人間は直接は手を出さないつもりだが、万が一ソウが怪我をするような危険があればもちろんすぐに介入する。そのための位置取りだ。

 だけど今のところは静かに、手に汗握って応援を続けた。


 ソウの木登りは回を重ねるごとにますます上手になってる。爪を上手に木の幹に食い込ませて勢いよく上り、下の枝まで辿り着くと今度はその器用な手足でしっかりと枝をつかむ。その上の枝にいるカラスが飛び立つ前に手が届きそうなくらい、スピードも上がってきた。落ちる時もきれいに着地できている。

 だがカラスの優位は変わらない。


「くああー」


 余裕の鳴き声で、ソウの上にハラハラと木の葉を落とす。

 それを何度か繰り返した後、ソウが今までと違う動きをした。

 木の生えていないグラウンドの方へと移動したんだ。今回はカラスに飛び掛かるのを、早々に諦めてしまったように見える。

 これでカラスもソウに干渉するのを止めるなら、作戦は失敗だ。でもカラスはまだ遊び足りないのだろう。葉っぱを一枚咥えたままソウの後を追いかけて飛んだ。


 次の戦いはグラウンドの片隅で始まった。一番暑いこの時間帯は俺たち以外に人もいないし、土がむき出しで隠れる場所も何もない。

 カラスはまず、持ってきた葉っぱをソウの上にひらひらと落とす。代り映えもしないしダメージもない攻撃だが、ソウのことをバカにしているのは分かる。

 だが持っていた葉っぱを落としてしまうと、今度はさっきと違ってすぐ近くにいくらでも木の葉があるというわけではない。そこでカラスは武器を探して、グラウンドの小石を拾うために舞い降りてきた。

 よし、チャンスだ!

 俺たちの声援を受けながら、ソウはカラスに向かって猛ダッシュで突っ込んだ。


「きゅいきゅいきゅい」


 気合の入った鳴き声で、高くジャンプして飛び掛かる。

 だがソウの爪は届くことはなく、カラスは余裕で空に舞い上がった。もちろんクチバシにはしっかりと小石を咥えて。


「くああー」

「きゅいいいい」


 小石をソウめがけて落とした後、ご機嫌で鳴く。

 完全にバカにしてるよな。


「惜しい!」

「もうちょっとだったのになあ」


 そう声を上げる俺たちの方をちらっと見て、カラスはまたソウから少しだけ離れた地面に舞い降りた。

 どうやらカラスはこの遊びがいたく気に入ったようだ。

 小石を拾うと、そのまま地面に立ったままソウを見つめている。

 ソウが再びカラスに向かってダッシュ!

 羽に手が届きそうなほどぎりぎりのタイミングで飛んで逃げるカラス。

 そしてまた地面に降りる。それもソウが追いかけてきそうな微妙な距離の場所に。

 ソウは今度は体を低くして素早い走りで、カラスに駆け寄るが、また惜しい所で逃げられてしまう。


「くああー」


 そんなやり取りを数度繰り返して、戦いの場は徐々にグラウンドから小池達の居るベンチの方へと、近付いていった。

 今はもう、カラスは石を拾うのはやめてしまっている。ただ地面に居りてきては、楽しそうにくあくあ鳴きながらソウを挑発する。ソウの動きも変わった。まっすぐ突っ込むだけじゃなくて、右から、左からと方向を変えて、フェイントを使いながらカラスを追い詰めていく。


「頑張れー、ソウちゃん」

「いいぞ、いいぞ」


 俺たちが応援するからだろう。カラスは人がいるベンチの側を避けて、何もないグラウンドの方へもう一度ソウを誘い出そうと位置を変えた。だが今度はソウが追いかけない。

 俺たちと小池たちが座ったベンチのちょうど真ん中あたりの草むらに少しだけ入って、逆にカラスを挑発し始めた。


「きゅいっ!」

「くああー」

「きゅいきゅいっ」

「くあー、くあー」

「なんか……可愛いな。あいつら」


 ぽつんと山口が言う。

 見ているとだんだん、カラスまで可愛くなってくる不思議。

 飛びつけば届くかもしれない微妙な距離で、カラスとカワウソが鳴き合っている。

 そして、先に待ちきれなくなったのはカラスだった。


「くあっくあっ」


 短く鳴いて、ピョンピョンと歩きながら、ほんの少しだけソウに近付いた。まっすぐ近付くんじゃなくて、ソウの周りに円を描きながら、徐々に近寄っていく感じだ。


「こいつらすげえな。面白い。あれっぽいな、あれ」

「あれってなんだよ、山口。分かんないし」

「何ていえばいいんだろ……時代劇? ほら、向かい合ってぐるぐる回る……」


 訳が分からないことを言いながら、山口は食い入るように見つめる。けど言われてみれば確かに、真剣勝負っぽいかもしれない。


 カラスはにじり寄るように徐々に草むらの方に近付き、ソウは移動するカラスを正面に見据えながらもその場からは動かない。

 カラスは、もうソウの間合いに入っているんじゃないのか?

 油断しているわけじゃないだろうが、飛び立つ速さにかなり自信があるんだろう。いや、逆に自分から襲い掛かろうと思っていても不思議ではない。

 そして、カラスの足が草むらのギリギリ手前まで来た。ソウがゆらりと、体の横でシッポを揺らす。まるでカラスをバカにして挑発しているように。

 ゆらゆら。

 ゆらゆら。


「くああー」


 挑発されたのが分かったんだろう。

 カラスはそのシッポを突こうと、羽を広げてソウに襲い掛かった。羽を広げたカラスはかなり大きい。本気で突かれればソウも怪我をするかも。

 だが今まさに、ソウのしっぽをくちばしで突こうとしたカラスが、逆に悲鳴を上げた。


「ギャア!」


 一メートルもの大ジャンプで、横からカラスに飛び掛かった者がいる。


「にゃあああっ」


 猫だ!


「きゅい!」

「くああー、くああー」


 下からは振り返ったソウが鋭い爪を振るう。上からは猫が飛び掛かってくる。一瞬どちらにも反応できずに、カラスは数枚の羽を散らした。そのあと、どうにか二匹の攻撃から逃れて、悔しそうに鳴き声を上げて空へと舞い上がる。


「くああー、くああー」


 二、三度上空で旋回した後、糞を一つ落として、カラスはどこかへ飛び去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る