(3)
一般的によく言われているが、カラスは賢い。
その理由はいくつかある。例えば物を使って『遊ぶ』こと、人の顔などを『覚える』こと。そしてもう一つ、カラスは『待つ』ことができる。
ソウを抱いて市役所の建物を出て公園に戻ると、ポスッと小さな音がして足元の土の上に小石が転がった。
「くああー」
鳴きながら悠々と頭上を飛ぶ黒い影。カラスは明らかに、俺達を狙って石を落としてる!
「マジか。本当にカラスが攻撃してきたぞ。小石だから大丈夫だろうけど」
山口がびっくりしているのは、俺とソウの会話になってない会話を半分は冗談だと思っていたからだろう。
やれやれ。一緒に来てもらってよかった。そうでなかったら俺、『ペットとマジ会話する痛いやつ』みたいな誤解されたままだったのかもしれん。山口に。
腕の中でソウが手足に力を込めた。しなやかな体がギュッと凝縮されたように硬くなる。
「きゅいっ!」
「おう!」
気合いの入った鳴き声を合図に俺が腕を緩めると、ソウはすかさず飛び降りた。その長い身体を伸ばして、地面に前足が触れるやいなや一呼吸も置かずに走り出す。俺と山口もその後を追いかけた。
カラスは公園のなかでも、比較的木の多く植わっているほうに向かって飛んでいった。その木々の内の一本に止まったらしく、走っている俺たちからはもう姿が見えない。
けれど前を行くソウは、一直線に迷わず進む。そして一本の木の下できゅいきゅいと高く鳴いた。
幹につかまって上を見上げるソウに向かって、木の上から葉っぱが何枚も落ちてきた。どうやら小石の代りに今度は木の葉をくちばしで千切っては降らせているみたいだ。
近くまで行くと、三メートルくらいの高さの枝に止まっているカラスの姿が、俺たちからも見えた。
「くああー」
上からソウをながめながら、バカにするようにのんびりと鳴く。近付く俺たちの姿も見えているはずなのに、飛ぶ素振りすらない。
ふてぶてしい態度だ。
「けど、木の葉だったら石と違って安全じゃん。当たっても全然痛くないよな」
「ああ。カラスも本気で襲ってくる様子はないし、ソウもあの高さじゃあ届かないだろ。このまま睨み合って終わるのかな?」
ひらひらと振ってくる木の葉と、カラスに向かって鳴き続けるカワウソ。
まあ、木の上じゃあ仕方ない。
と、俺たちが肩の力を抜いた時だった。なんと、ソウが果敢にも木に登り始める!それもかなりの速さで。
「え、え、マジ? カワウソって木に登れるの?」
「……俺も知らなかった」
ソウは器用に木の幹に爪をかけて、途中の枝まで一気に登った。
「くああー」
カラスがまた、バカにしたように一言鳴いた。
少し上の枝で、ソウが上がってくるのをそのまま待っている。そしてある程度の高さまでソウが登ると、今度は飛び立ってソウのオシリをつついてきた。
「あっ、こらっ」
山口が慌ててカラスを追い払おうとして、声を出す。
俺は木の下に全力で走った。
カラスの攻撃に、たまらず手を放してしまったソウだが、どうにか間に合って裾を持って広げたTシャツの上に受け止めることができた。そんなに高くは登っていなかったんで、落ちても怪我はしなかっただろうけど。
そうか。
さっきもこんな事をしていて、あんなにボロボロになったんだな……。
「きゅいきゅい」
ソウは俺の腕から飛び降りて、すぐにまた木に登ろうとした。カラスもまた、さっきと同じところに止まって、木の葉をひらひらと落としてくる。
木に登っては落ちて、落ちてはまた登る。
ソウは頭に来てるようだけど、カラスの方は多分楽しく遊んでるんだろうなあ。
ソウの方はもう少し、冷静になった方がいいんじゃないのか?
何度目かのチャレンジを見守った後、俺は木から落ちてTシャツの中に戻ってきたソウを引き留めた。
「なあ、ソウ。負けたくない気持ちは分かるけどさ。そんなに正直に真正面から向かっていかないといけないのか?」
「きゅい?」
ソウの目を見て聞く。
隣で山口が大笑いしてる。いやいや、だってこのカワウソ、ちゃんと日本語分かってんだぞ。
一応内緒だけど。
「続木、さすがにカワウソにそんなこと言っても無駄だって。ははは」
「きゅいきゅいきゅい!」
ソウは俺の腕の中で手をバタバタさせながら、山口に抗議してる。
「お、いっちょまえにコイツ、なんだか怒ってるぞ。俺が言ったこと、実は分かってたりして」
うん。怒ってるね。
そしてちゃんと山口が言った言葉も理解してるんだよ。マジでな。
俺はなだめるようにソウの背中を撫でながら、もう一度話しかけてみた。
「あのさ。お前はすごく賢いカワウソで、カラスよりも頭がいいだろ? もっと何か工夫して戦ってみようぜ」
「きゅい?」
「そうだぞ、ソウちゃん。頭を使わないとな! そうだ。カラスは飛ぶんだからソウちゃんにも何か秘密兵器が欲しいじゃん。俺たちも協力しようではないか」
「うむ」
あっ!
ソウのやつ思わず『うむ』って答えちゃった。
「おおおおお! ねえ聞いた? 続木、聞いた? 今、ソウちゃんが『うみゅうー』って言った。かわえええええ」
「そ、そうだな、山口。そんなに興奮するなって。よしよし。じゃあ一度クールダウンして作戦を立ててみよう」
「おう! カラスにギャフンと言わせる大作戦!」
……。
リアルで『ギャフン』って、初めて聞いた。その作戦名はちょっと嫌だ。
俺たちはソウを連れて市役所のフリースペースに戻った。椅子に座って汗を拭き、まずは水分補給する。
そうしていると小池と越川も図書館から戻ってきたので、二人にこれまでの経緯を説明する。そしてみんなで対カラス戦の作戦会議が開かれた。
「ソウちゃんはカラスを捕まえて……食べたいのかな?」
「きゅ、きゅいいい」
慌てて首を横に振るソウ。俺もそこまではちょっと見たくない。
ソウは今は食べ物に困っているわけではなくて、石を落として自分をからかってきたカラスに少し仕返しがしたいんだろう。
「だったら、どうにかしてカラスを悔しがらせればいいのかな」
「このまま家に帰ったら、相手をしてもらえなくて悔しがるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、それじゃあスッキリしないね」
「悔しがらせるもなにも、ずっと余裕だよね、カラス。俺たちが近づいても飛びもしないじゃん。少しは慌てさせたいなあ」
「俺たちが石を投げたり?」
ソウはしゅんとして下を向く。
自分の力でどうにかしたいんだろう。それに俺たちがカラスに石を投げつけるのはちょっとまずい気もする。
「ソウが納得するには、ソウ自身が何かしてカラスを驚かせたいんだろうなー」
「きゅいっ!」
ソウはびしっと背筋を伸ばして立ち上がった。
うん。方針はそれでよさそうだ。だったらその手段はどうすればいい?
カラスは空を飛べる。だがソウをからかうために比較的低い位置にいるし、よく降りても来る。
ソウにできることが何か、みんなでアイディアを出し合った。ソウもきゅいきゅいと、話し合いに参加している。
窓の外はぎらぎらと眩しい夏の太陽にさらされて、道行く人も汗を拭き拭き歩いてる。涼しい室内で、俺たちはいくつかの作戦を立てた。
勝利条件はソウ自身がカラスに一矢報いて慌てさせること。
しっかり水を飲んで元気も回復したことだし、ここからリベンジと行こうじゃないか。
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