(2)

「気を付けろよ!」


 走り去る背中に声をかけてはみたが、ソウは振り向かずにまっすぐカラスを追いかけて視界から消えた。

 俺にはどうすることもできなくて、見送ったあと軽くなったリュックを持ってみんなのところにいく。


 図書館公園はそんなに広くはないけど、真ん中がグラウンドになっててボール遊びも禁止じゃないのがいい。

 俺たち以外にもキャッチボールをしている親子とかがいて、楽しそうだ。俺たちも、邪魔にならないように少し離れて陣取ってサッカーボールを蹴る。


 グラウンドの周りにはまばらに木が植えてある。見通しがいいのは不審者対策らしい。公園の外は遊歩道で、その向こうの道路を通る車もここから見ることができる。

 木陰にはいくつかのベンチも置かれているが、今は誰も座っていない。木々の根元やその周りには草が生えているから、ソウみたいな小動物は草むらに入れば目立たなくなる。

 見えないってのは心配だ。

 ソウは賢いから大丈夫だとは思うけど……。


 ◆◆◆


 サッカーボールを蹴り合ってると、知ってるやつが数人集まってきた。俺の中学の時の友達とか、同じ高校の違うクラスの奴とか。

 本当は図書館に勉強に来たみたい。でも他の奴が遊んでるのを見たら、遊びたくなるよなー。

 わかる!

 そしていつの間にかミニゲームみたいなことになってた。

 もっとも、あまり運動が得意なやつがいないからグダグダな試合だ。

 ははは。

 ひとしきり走り回ってから、木陰に座り込んで汗を拭きながらジュースを飲んでると、草むらをかき分けてよろよろとソウが戻ってきた。


「ソウ! 大丈夫か?」


 うわー、なにこれ?

 え、カワウソ?

 続木が飼ってるの? かわえええええ!


 そんな声を背後に聞きながら、ソウを抱き上げる。


「きゅ……い」

「元気ないな」


 ソウは葉っぱを体のあちこちに纏って、普段は綺麗な毛並みが土埃にまみれてる。よく見れば所々がささくれて、毛が抜けているところもありそうだ。擦りむいたのか、カラスに突かれたのかは分からないけど。

 膝の上でそっと汚れを落としてやったら少しましになった。それにボロボロだけど怪我はしていないみたいでよかった。


「きゅい……」

「カラスを追っかけて行ったんだよな。逃げられたの?」

「きゅい!」


 こっちを見てキッとした顔で強く鳴いたので、これは多分『逃げられるわけが無いでしょう』ってとこかな。


「じゃあ追いついたけど、喧嘩に負けた?」

「……きゅ」


 今度は丸まって、頭を短い手で抱え込んだ。

 これは分かりやすい。

 負けたんだな。


「そういうこともあるさ。落ち込んでる時は、飯でも食うか?」

「きゅいきゅい」

「おっけ」


 俺はソウを抱えて立ち上がった。

 そばに置いてあるリュックを手に取る。

「ごめんな、みんな。俺ちょっとコイツに飯食わせてくるわ」

「おっけー。だったら、どうせもうすぐ昼だから俺たちも一緒に食おうぜ!」


 山口がそう言ってくれたから、ボール遊びはいったん終了。

 途中で合流したやつらとはここで別れて、俺たちは荷物を持って移動することにした。さすがに昼飯くらいは涼しい所で食べたいからね。


 図書館と並んで建っている市役所の一階には、フリースペースがある。市民の憩いの場として開放されていて、空いていれば誰でも好きに使っていいんだ。椅子やテーブルがあって、飲み食いもできる。そばには自販機もあるし、空調が効いてて涼しい。

 そして何よりも、ここにはペットを連れてきてもいい。『ペットの散歩をしている人が気軽に休憩できる場所』というのがコンセプトなんだって。これはソウを連れ歩くようになってから知ったんだけどな。


 フリースペースの一角で弁当を広げて、空になったジュースの代りに冷たいお茶を買う。

 昼ご飯は最初から弁当持参と決めていた。今日はみんな、夕方まで遊ぶつもりでいたし。とはいえ、親だって休日まで弁当を作りたくはないからだろう。お小遣いをもらったと、山口はコンビニ弁当を、越川はパンを持ってきてた。小池と俺はいつも通り弁当だ。俺のはもちろん自分で作ってきたので、簡単に冷凍食品を使った唐揚げとおにぎり弁当ですよ。これが一番早くてうまい。

 ソウの弁当はさすがに生魚は持ってこれないので、リンゴと人参だ。


「きゅい」

「へええ、カワウソって果物も食べるのか」

「普通のカワウソはどうか知らないけどな。こいつはちょっと変わってて、わりと何でも食べれるんだ」

「そりゃ、変わってるよなー。こんなに慣れてて、勝手に遊びに行って戻ってこれるなんて」


 そんなことを言いながら、みんなは俺が持ってきたリンゴや人参を摘まんでは、ソウに手渡しする。ソウも食べたりみんなに構ってもらったりして、少し元気になってきた。


 食べ終わってしばらくそこで喋っていたら、気が付けばもう一時半。ちょうど一番暑い時間帯だ。小池と越川は図書館でしばらく本を読むと言って移動した。

 山口はまだ体を動かしたそうにモゾモゾしてる。図書館ってガラでもないしな。あと、俺の隣でソウもうずうずしているっぽい。


「ソウ、外で遊びたいの?」

「お外で遊ぶのか。いいね! ソウちゃん、俺と一緒にサッカーして遊ぶ?」

「きゅい」


 キッと引き締まった顔で、首を横に振る。

 山口はガックリ肩を落とした。

 なるほど、遊びたいわけじゃないんだね。ということはつまり……。


「もしかして、カラスにリベンジしたい?」

「きゅいっ!」


 しゅたっ!って感じで、勢いよく短い手を上げる。

 ソウはやる気満々だ。


「大丈夫かなあ。 怪我をしないように気を付けろよ」

「なあなあ、続木。俺達もソウちゃんの後を追っかけない? 俺、カワウソ対カラスの戦い、見てみたい!」


 なるほど。それも一案だ。

 午後の予定が決まった!

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