閑話 カワウソとサンタクロース

「シュート、シュート、この本を見てください。良い子にしていたらサンタクロースさんがプレゼントをくれるというのは本当ですか?」

「えっと……」


 ソウが小さな子供のようなキラキラした目で、俺のことをじっと見つめている。

 こんな時って何と答えたらいいんだろう。親の苦労が少しわかる。


「それはクリスマスのことだからな。もっとずっと先の、雪が降る頃の話だよ」

「十二月二十五日ですから、そんなに先でもないですよね。プレゼントってどんなものをくれるんでしょうか。鮎とかですかね」

「鮎……は、その時期はどうかな。難しいんじゃないかな?」

「それもそうですね。でも私、ずっと昔に会ったことがあるんですよ、サンタクロースさん」

「サンタクロースに?」

「ええ。その時はサンタクロースさんだとは分かっていませんでしたが、この本を読んだら分かりました」


 そう言うとソウは本を閉じて、遠くを見つめて懐かしそうに、話を聞かせてくれた。

 これはカワウソが語ったサンタクロースのお話。

 本当か、それとも冗談好きなソウの作り話なのか。

 俺にはわからないけど……。


 ◆◆◆


 この辺りは冬でも滅多に雪が積もることはありませんが、それでも昔は今よりももう少し雪が降っていたような気がします。当時私が住んでいたのはここよりも少し山奥でしたから、なおさらです。冬になると寒さも厳しく、時には厚い雪に地面が覆われてしまいました。

 その年、初めて一面が雪に覆われた銀世界になったのは、今思えばちょうど十二月の終わり頃、クリスマスの時期だと思います。

 その頃の私は人里から離れて、自分で掘った洞穴の中に住んでいたんです。もう何も食べなくても大丈夫な体になっていましたので、寒い日は一日中洞穴の中でゴロゴロして過ごすのもまた楽しいものでした。けれどせっかく雪が積もったのだからと、急に思い立って散歩に出かけてみたのです。

 洞穴のすぐ近くには川がありました。この家の近くの美野川のように大きなものではありません。もっとずっと上流の、その支流の一つで浅くて石ころだらけで泳ぐのも難しい程度の、そんな川でした。

 でも人が近くに住んでいないので、とてもきれいでおいしい水だったんです。

 雪の中を川まで行くと、水は流れていましたが川の縁には薄い氷が張って、指でつつくとパリンパリンと割れて面白かったです。


「水が、つめたーい。おもしろーい。きゅいきゅい」

「ほうほう、楽しそうじゃのう」

「えっ?」


 突然声をかけられてびっくりして振り返りました。何しろ全く気配を感じていませんでしたので、背後に人間が立っているなんて思いもしなかったのです。これでも私は可愛くて敏感な野生の獣ですから、気が付かなかったことに本当に驚いてしまいました。

 そしてあまりにびっくりしたために、後ずさったため足を滑らせて川に落ちてしまったんです。

 凍りかけている川ですからさすがに冷たくて、私は慌てて岸に上がりました。するとその人間が困ったように頭を掻きながら、私に謝ってきました。


「すまないのう。脅かしてしまったようじゃ」

「きゅい」

「ふぉふぉ。可愛い鳴き声じゃが、普通に話してもいいんじゃよ」

「ふむ。そうなのですか」

「上手に喋れるもんじゃの。ところで水が冷たかったじゃろう。身体を拭いてあげようかの」


 そういうとその人間はピューっと口笛を一つ吹きました。すると少し離れたところから、荷車を曳いた鹿が歩いてきたんです。

 立派な角を持った雄の鹿でした。冬毛だったので、モフモフでしたよ。

 人間はその鹿が曳いてきた荷車の中から乾いた布を取り出して、私の身体を拭いてくれました。そうするとなんだか身体がぽかぽかと春のように暖かくなりました。


「えっと、人間さんはなんでここにいるのですか?」

「ふぉふぉ、人間さんか。愉快じゃのお、カワウソさん」


 そういってしばらく笑うと、その人間は事情を話してくれました。

 なんでも、子供たちに頼まれた荷物を届けようと思って山を越えている途中で、道に迷ったんだそうです。確かにそこは人間が通るような道は繋がっていませんでした。雪が降っていたので間違ったんでしょうね。少し離れたところに人間の道があるのを知っていましたので、私が案内してあげることになりました。


「ほうほう。こんなところに道が。ありがたいのう、カワウソさん」

「どういたしまして。困った時はお互い様なのですよ」

「ふむ。何かお礼をしたいが、荷車の中身は子供たちへのプレゼントじゃからな……」

「マアマア、お気になさらずに。きゅいきゅい」


 ちょっとの間考えて、その人間は背中に担いでいた袋の中から、ひとつのリンゴを取り出して、私にくれました。

 このあたりには当時リンゴの木はありませんでしたので、それは私が初めて食べたリンゴでした。少し酸っぱくてとても甘い、おいしいリンゴでした。


「ありがとうございます。これ、とてもおいしい実ですね」

「リンゴという果物じゃよ。こんなものしかないが……そうじゃ。わしが一つおまじないをしておこうかの」


 そういうと、その人間は私の頭を撫でてくれました。


「次にカワウソさんの出会う人間がごにょごにょごにょでありますように」


 ごにょごにょごにょの所は、よく聞き取れませんでした。でも、もしその人間がサンタクロースさんだったなら、きっとこういったと思うんです。


「次にカワウソさんの出会う人間が、リンゴをお腹いっぱい食べさせてくれる人でありますように」


 どうです?

 シュートもそう思うでしょう。

 ところでねえ。そろそろおやつの時間じゃありませんか?

 そうだ! 今日はリンゴを食べましょう。

 リンゴはおいしいですよね。

 きゅいきゅい。

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