(3)

 道なりに少し歩いた先に、一本の橋があった。小さいけれどコンクリートでできた、しっかりした橋だ。橋から覗くと三メートルくらい下に川が流れ、涼しげなせせらぎが聞こえる。


「ああ、ここです。この水の匂い」


 橋の横には川まで降りられるように、石の階段があった。

 土を被っていて、草や落ち葉ですごく滑りやすそうだけど。


「ここなら、どうにか俺も降りることができると思う」

「じゃあ私、先に行ってもいいですか? シュートはゆっくり降りてきてください」

「分かった。でもソウも気をつけろよ」


 まあ、カワウソだから大丈夫だろうけど。

 あ……こけてる。


「気をつけろって言っただろー」

「きゅいー、平気ですからー」


 俺も気をつけないとな。

 滑らないように一歩一歩ゆっくりと、そばに生えてる木の幹に手をかけながら下に向かう。

 そんなに深い谷底ってわけでもないし、すぐに下まで行けた。階段を降りた所は一応幅の狭い河原みたいになってるけど、ゴツゴツとした大小さまざまな石が転がって、すごく歩きにくい。石は川の中にもいっぱい転がっていて、その間を綺麗に澄んだ水が流れている。

 俺が降りたときにはもう、先に降りたソウは石を伝って向こう岸に渡っていた。そこから石がなくて少し深そうな、澄んだ緑色の川面をじっとのぞき込んでいる。


「ソウ……」


 声をかけようとした俺を、ソウが手で止める。

 黙れって?

 も、もしや……。

 俺の目の前で、バシャンと水音を立ててソウが川に飛び込んだ!


「ソウ!」


 川の深くなっているところに飛び込むと、ソウは水底に向かって弾丸のように突き進む。そしてほどなく口に小魚をくわえて水面に上がってきた。


「きゅい!やりましたよ、シュート。どうです? 私もなかなかのものでしょう」


 水から上がってきたソウは、口にくわえていた小魚を手に持ち替えて、自慢げに見せつけてくる。

 いきなり狩りか!

 まあ……忘れがちだけど、実は野生のカワウソだもんな。


「やはりこの川の魚はおいしいです」

「よかったな」

「シュートもそろそろお昼ごはんにしませんか?」

「少し早いけど、そうしようかな。ソウは自分で獲ったのを食べる?」

「ええ。たまにはこうして自分で捕まえないと、体がなまりますからね」


 そういうとまた、しぶきを上げて水の中に飛び込んでいく。

 川の中を悠々と泳ぐソウは、普段家の中でゴロゴロしているソウとは全く別人に見えた。三匹目の魚を捕まえた後は泳ぐのに飽きたらしく、今度は浅瀬で石をひっくり返して何かを捕まえている。


 夢中で遊ぶソウを見ながら、ふと考えてみた。

 ソウにとっては、俺と一緒にいるよりもここにいた方が幸せなんじゃないかって。きれいな水のある場所で、自由においしい魚を追いかけるソウは本当に楽しそうだ。

 そんな俺の頭の中を知りもしないで、ソウは俺の方を見て、笑いながら手を振る。


「カニもおいしいんですよ。シュートは食べないんですか? おいしいんですけどねえ。一つくらい分けてあげてもいいんですよ。いつもおいしいご飯を食べさせてもらってますし、私はカニを見つけるのは上手いんですから」

「俺は、カニは食べなくていい」

「じゃあ、これは私が食べますよ?」

「どうぞどうぞ」


 カニを口に放り込んだあと、川を渡ってこっち側に戻ってきた。


「さあ、行きましょうか」

「なあ、ソウ……お前、本当はここにいた方が……」

「え? シュートはもっと遊びたいんですか? でも、私、今日はお墓を見つけようと張り切っていますので、困りましたね。お昼ご飯を食べ終わったなら、そろそろ出発したいなあと思っていたのですけど」

「いや、そうじゃなくて」

「そうですか、よかった。そんなにここが気に入ったのなら、今度また一緒に遊びに来ましょうね。私も時々こういう田舎で遊ぶのは楽しいものだなあと思いました。暮らすとなると、楽じゃないですけれどねえ。子供の頃は食べ物を獲るだけでも随分と苦労したのを思い出しました。そういえばシュート、私思い出したんですよ」

「え?」

「思い出したんです、お墓のある場所のこと。庭の真ん中に、すっごく大きなクスノキが生えていました」


 その話か。

 どうやらソウはここに住みたいわけではないらしい。

 こっそり、ホッとする。

 俺にとってのソウは最初は憑いてこられて戸惑ったけど、今ではもう絶対別れたくない大切な相棒になってるらしい。


「私がその木に上ってみせると、そこの家の人はずいぶん驚いて見ていました。私はとても可愛くて紳士なカワウソですが、実は山の中育ちですから木登りは得意なんですよ」


 はいはい。いつものソウだった。


「でも、木か。恋愛成就の松のこともあったしなあ。ソウが生まれたのって三百年近く前なんだろ?木はもう切られてるかもしれないよね」

「そうですね。その可能性は否めません」

「他には何か思いださない?」

「うむ……」


 しばらく考えていたけど、このあたりに住んでいたころの話をいくつか思い出しただけだった。クマと会った話とか、シャレにならないんですけど!


「美野川のすぐ近くだったのは間違いないんだよな?」

「ええ、ここにきて確信しました。それは間違いありません。それに、こんな山奥ではなくてもっと下流の、普通に人里があったところです」

「じゃあ、無理かもしれないけど、家に向かって帰りながら、大きな木が生えている家を探そうか」

「きゅいっ」


 二本足で立ちあがってピンと背筋を伸ばすと、元気に手を上げて返事をした。

 じゃあ、大きなクスノキ探しにいくぞー!

 おー!

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