(4)

 行きに比べて帰りはほぼ下り道ばかりだ。

 楽すぎる。


「川の様子から考えると、お墓があるのはここよりもずっと下流の方なんだよな?」

「ええ、それは間違いありません。大きな橋が架かっていて人もたくさん住んでいました」

「じゃあ、川幅がもっと広くなったら大きな木を探してみよう」

「きゅい!」


 ここら辺じゃないとわかっているけれど、木のことが気になって周りを見ながら走る。十月だけど山の木々は青々として、紅葉の気配もない。社会の時間に温暖化の話とか聞いたけれど、そのせいなのか。それとも昔から十月の初めはこんな感じなのかもしれない。

 ソウが生まれた頃はまだ自動車もなかったから、きっとこんなに広い道はなかっただろう。風景も全く違うはずだ。でもそれを聞いてもソウにはハッキリした記憶は残ってなくて、ぼんやりとしたイメージだけがあるという。


「輝き方が違うんです」

「輝き方?」

「なんと説明したらいいのか難しいんですが……。記憶の中の私が子供の頃の事は、景色の中で大切なものがきらきら光ってすごくわかりやすい気がします」

「きらきら光って?昔の方が空気が綺麗だったからかな?」

「そうではなくて、今はいろいろなものがきらきら光っててかえって見つかりにくいといいますか……」


 分かりにくいので道々ゆっくりと聞いてみた。

 ソウの子供の頃の思い出の中できらきら光っているのは、お父さんとお母さん、そして川の中を泳ぐ魚や沢蟹、季節ごとに見つかるおいしい木の実とか。あるいは危険な動物たちや人間。それ以外のことは霞がかかったようにぼんやりとして、絵にかいた背景のようなものらしい。

 最近のことを思い出す、きらきら光るものがいっぱいあって、視界がカラフルなんだって。

 じゃあ今の方が昔よりもいいのか?

 試しに聞いてみると、そういうことではないと言う。


「だって考えてもみてください、シュート。左には、アユが一匹乗ったお皿があります。右にはマグロの切り身とリンゴと人参の乗ったお皿があります。シュートならどっちがいいと思いますか?」

「え、ええっと……」


 選択肢、思いっきりカワウソ向けだな。鮎も人参も生ですよね?


「私は、両方好きですし、おいしいものがいっぱいで目移りして困っちゃいます。左の皿にきらきら光るものが鮎しかなかったとしても、その鮎はすごくおいしいからいいんです。右の皿はいろいろあってどれから食べるか迷ってしまいますけど最後には全部食べちゃうのでいいんです。どっちの皿も私の好物ですから、どうせなら両方食べちゃえばとってもお得ですよね。シュートもそう思いませんか? つまりそういうことです」


 分かりにくいわっ!

 言いたいことは全く分からなかったけど、きっとソウの昔の記憶は生きていくのに必要な物。命に係わる重要なことだけがハッキリとしているんだ。

 それは子供だったからか、昔のことだからか。あるいは今のようにしっぽが分かれていなかったからか。今より動物的で本能に忠実だったのかもしれない。


 そしてそれ以外のこと、例えばお墓自体やその場所についての記憶は曖昧なままだった。


 川幅がだんだん広くなるにつれて、下り坂の角度も緩くなる。今はもうほぼ平坦になった道を、ソウと喋りながらのんびり走った。

 ここまで川沿いに木が生えているところは、そりゃあもういっぱいあった。でもソウに確認してもらったら川の様子が違う。もう少し下流と思うと言うので寄り道せずに進んだ。そして今、とある一軒の家の前で自転車を停めている。


「川も随分広くて河川敷がありますよね。川の様子は似ている気がします」

「木はどうなの?クスノキかどうか俺には自信ないんだけど」


 一応クスノキを検索して比べてみたけど、目の前にある木がクスノキかどうか、あまり自信はない。正直、木なんて全部同じに見えるじゃないですか?

 とはいえ、三百年前にすでに巨木だったとしたら今では樹齢四百年は超えているだろう。この家の中に生えている木は、樹齢数百年は確実とおもわれる大きさだ。


「どう?この家に見覚えはある?」

「見覚えはないですねえ」

「だろうな。とても江戸時代から建っていた家には見えないよ。でもほら、この風景のどこかに見覚えは?」

「うーん」


 リュックの中で首をひねるソウ。

 ここだという決め手もないけど、絶対違うと言いきる自信もないってところかな。

 そういう時は、聞き込みだ。

 俺が解を求めよう。

(絶対言わないけど!)


 呼び鈴を押すと、家の奥でピンポーンと音がする。少し待つと中から七十代くらいのおばあちゃんが顔をのぞかせた。


「はーい。どなた?」

「すみません。初めまして。あの……学校の宿題でこの辺りの言い伝えを調べているんです。質問してもいいですか?」

「まあ! それは大変。でも私も言い伝えとかには詳しくはないわ。困ったわね……」


 そういいながらも、おばあちゃんは庭まで出てきてくれた。


「いえ、聞きたいのは庭の木のついてなんです。大きなクスノキとカワウソの話を調べているんですが、この庭の木がとても大きくて立派なので、その話の舞台じゃないかと思って」

「あらまあ、残念。この木はクスノキではなくてシイの木なのよ」

「違う……んですね。残念。でもありがとうございました」

「でも、カワウソ……カワウソ……たしかカワウソ様の話を子供の頃に祖母から聞いたことがあったわ」

「きゅいきゅい」

「まあかわいい。一緒に探してるの?この子のご先祖様の言い伝えなのかしら。ふふふ」


 そう言うと、おばあちゃんはゆっくり考えて思い出しながら、昔おばあちゃんのおばあちゃんに聞いた話を教えてくれた。


「雨が降らないときにカワウソ様にお祈りしたとか、そんな話だったかしら。祖母がまだ小さかった頃に、カワウソ様にお祈りしたことがあると……それくらいしか思い出せないけれど、ごめんなさいね」

「きゅいきゅい」


 ありがとうございます、と勢いよく頭を下げて、ソウと二人で手を振っておばあちゃんと別れた。突然お邪魔したのに、親切に相手をしてくれて、本当にいい人だった。


 それにしても、お祈りか。

 お祈り、巨木、川のそば……。

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