(6)
パタパタパタと大きめの足音を立てて、三田が歩み寄ってくる。そして机の上に置かれた緑のノートを手に取った。
「ほらな。やっぱり学校にあったじゃないか、俺のノート」
「三田……」
話しかけようとする越川を無視して、パラパラとノートをめくる。間違いなく自分のノートみたいだ。
最後のページまで確認すると三田は
「さっさと、先生に出してこよっと。先生まだ居るかな」
「待って、三田。ごめん。俺、俺……」
「なに? 越川」
「ごめん、三田。俺が盗ったんだ。井上さんも……本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる越川に、ようやく三田が足を止めて振り返った。
「俺は、ノートが見つかったからいい。今日のうちに間違いなく学校に持ってきてたってのも自分で分かってるからいい。井上さんには……さっきは疑って悪かった」
「でも俺は……」
「だけど、私は怒ってる!」
意外なことに、越川の言葉に被せるように井上さんが大きな声を出した。普段すごく大人しいのに。
越川と三田はその声に、ビクッと肩を震わせた。
「だって明日の朝『見つかったから良かったね』じゃ済まないよ。私は家でノートがもし見つからなかったら、今日徹夜して最初から最後までやらなきゃって思ってた。西八木君も今ここにはいないけど、見つかるまでどんな気持ちでいるか」
「……ごめん。そうだね。やっぱり今から俺……」
「だから越川君、一緒に謝りに行こう」
そう言うと、井上さんは越川に向かって手を伸ばした。その顔はついさっきの怒った声とは全然不似合いに、恥ずかしそうに赤くなっている。
「さっきね、山口くんがノートを探しに職員室まで一緒についてきてくれたんだよ。それ、私にはすごく心強かった。だから今度は、私が越川君について行ってあげる」
西八木に謝るにしてもどんな方法がいいのか少し悩んで、結局先生に頼ることにした。三田もノートを提出するからと言うので、皆でぞろぞろと職員室へ向かう。
越川は先生からこっぴどく怒られていたけど、盗られた三田と井上さんがとりなしたことで、どうにか許してもらった。
「西八木には先生から電話するので、明日しっかりと謝るように」
「はい」
本当ならもっと問題になることかもしれないけど、当事者同士で納得できたなら、それ以上は不問にする。そういわれて、ようやく肩の力を抜くことができた。先生の方も、態度が中途半端だったという反省があるようだ。もしかしてこれから提出期限が厳しくなるのかもしれない。
その後、三田と越川はもう一度井上さんに謝ってから、塾があると言って早足で帰宅した。残った俺と井上さんは並んで通学路の坂道を下る。
「でもね、ちょっと分からないことがあるの」
「なに?」
「越川君はいったい、いつ私の宿題を持ち出したのかな」
「ああ、それは体育の時間だよ」
「私が一番最後に教室を出たのに?」
体育の前の休み時間、生徒は全員更衣室へ移動する。そして一番最後に教室を出たのは井上さんだった。でも井上さんが教室を出る準備が遅くなったのには理由がある。その前にトイレに行ってたんだ。トイレから慌てて戻ってきたときに入れ違いで、別のドアから教室から出る最後の生徒がいた。それが越川だった。
井上さんは慌てていたので、直前まで誰か生徒がいたとしか認識していない。そのうえ自分も遅刻しそうだからと大急ぎで、体操服を持ってそのまま更衣室へと走っていった。越川はこれまで話したこともない男子だ。印象が薄いのも仕方がないだろう。
「そう言われたら……そうなのかな?でも続木君、見てもないのによく分かったね」
「まあな。って、じつは見てたやつがいるんだ」
「他のクラスの子に?でもその人のおかげなのかあ。事実が分かってドキドキしたけど、三田君と越川君が仲直りできてよかった」
「井上さんの『怒ってる!』の方が強烈だった気も……」
「え」
「い、いや。何でもない。ところで井上さんと三田はどうして戻ってきたの?」
「越川君がこっそり引き返すの、見ちゃったから。三田君とも途中で会って、さっきは廊下で二人が話すのを聞いてたの」
なるほど。それで三田も、もう反省してるから許してやることにしたのかな。まあ、三田の心の内は俺には分かんないけどさ。
「ああ。じゃあな。また明日!」
「さよなら、続木君。また明日ね」
井上さんは勘違いしてるけど、そのことについては何も言わず交差点を左右に分かれた。
体育前の休み時間に教室の様子を見てたのは、他のクラスのやつじゃない。
斜め掛けにしたバッグにちらっと目をやった。
ソウがこっそり顔を出して、道々の風景を楽しんでる。
バッグの中からクラスのみんなの様子をコッソリ見ていたのは、ソウだ。
越川がみんなが出て行った後しばらくぐずぐずしていたのも見ていたって。その話はこっそり教室に戻ってるときに聞いた。ソウは越川が何をしているのか全然気にしてなかったので、俺が聞いて初めて思い出したとか。しっかりしてくれよ、相棒。
「教室で一人留守番するのでうきうきしていましたから。みんな早く出ていけばいいのになあと……。山口が急に帰ってきたときには少しだけ慌てました」
「ははは。山口って、呼び捨てかよ。まああいつはそれで良さそうだけど」
「シュートが呼ぶように合わせているんですよ。私は空気が読めるカワウソですから」
「ソウは賢いな。けど学校じゃあ、もう少し大人しくしておけよ」
「まあ、シュートがそう言うなら。一応考慮しておきます」
◆◆◆
「ただいまー」
「おかえり。晩飯は出来とるぞ」
「おおー! 肉かな? 肉だ!」
ごはんと風呂も済ませてから、俺は自分の英語のノートを探さなければとすぐに自分の部屋に戻る。ドアを開けると、ソウが俺の横を走って真っ先に部屋に飛び込んだ。
そしてごそごそと自分の寝床から何かを引っ張り出してきて……。
「このノートの質感が気に入っていたのですが、シュートに返したほうがよさそうですので」
ソウが引っ張り出してきたのは、俺の英語の宿題だった。
「お前が犯人か!」
「ええ、まあ、そうともいえるかもしれませんし、あるいは何か不思議な力が働いて知らないうちに私の寝床に紛れ込んだ可能性も捨てきれません。謎ですね」
そんなバカな超常現象はない!
「マアマア怒らないで、シュート。ノートが無事見つかってよかったです。解が二つある場合もあるのですよ。きゅいきゅい」
それ以上は何を言っても『きゅいきゅい』で最後までごまかし続けた。
まったく……調子がいい奴め!
【ep2 消えたノート おわり】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます