閑話 カワウソの過去
今日は土曜日。学校も部活も休みだっていうのに、ソウが朝からうるさい。
「シュート、この本の続きを買ってきてください」
「えー、なに?……んんん、それまだ新刊出てないよ、たぶん。おやす……」
「シュート、シュート」
俺の布団の上に乗って、お腹をドスドス踏みつけるソウ。小柄だといっても、重いのは重いんだよ。
あー、痛いって。お腹が、ぐええ……やーめーてー。
くそぅ。目が覚めてしまった。
「ようやく目を開けましたね。目を閉じたままで本の確認をするとか、そんな特殊能力はシュートには無いでしょう」
「見なくてもわかるよ。『青空遥の
「何という名推理! さすがシュートですね。素晴らしい。さあ買いに行きましょう」
『青空遥の
ずっと図書館から借り続けるわけにもいかないから、結局既刊分の十二冊を買うことになってしまった。
俺のお小遣いでだよっ。まあ俺も読むからいいんだけどさ。
そういえば昨日の夜も、寝る前に読んでたっけ。
この本にハマったおかげで、ソウは謎解きをしたがる。
決まり文句までも、すでに考えてた。
『私が解を求めましょう』
数学か! って突っ込んだら当たりだった。数学の時間に誰かが言ったのが、カッコ良く聞こえたんだとか。
俺にはよく分からないよ、カワウソの感性……。
◆◆◆
そして昼過ぎ。いつものように俺の部屋の隅にある寝床に寝ころんで、ソウは本を読んでいる。
「きゅいっきゅい。きゅいっきゅい」
上機嫌だ。鼻歌が出るくらい上機嫌だ。
なぜなら結局本屋に行って、昨日出たばかりの最新刊を買ってきたから。
さっきから寝床のバスタオルの上で、きゅいきゅい笑い声を上げてる。
面白いなあ。カワウソって笑うんだ。
見ていてふと気になったことがある。今更だけど……。
「なあ、ソウはどうして字が読めるの?」
「きゅいきゅい。やっぱり遥は最高にクールですね。え? 何か言いましたか、シュート」
「どうして本が読めるのかなって」
「ああ、そのことですか。それはもちろん、教えてくれた人がいたからですよ」
それだけ答えると、後はもう黙って本に向かって、何を聞いても答えなくなった。
なるほど。
いつもだったら聞かないことまでずっと喋り続けるのに……ソウにも言いたくないことがあるんだろうか。教えてくれた人との思い出、もしかして辛い話なのかな?
そっとしておこう。
「ああよかった。推理協奏曲、とても面白かったです。シュート、本を買ってくれてありがとうございます。えっと……何でしたっけ? ああ、そうそう。私がどうして本が読めるかって話でしたね。
話せば長くなりますが簡単に言うと、親切な人が教えてくれたんです。
私は賢くて危険に敏感なカワウソですので、幼少期から今まで基本的には人に見つからないように生きてきました。もちろんこんなに可愛いカワウソですから時々は目撃されて噂になったりもしていましたよ。シュートは知らないと思いますが、当時は今よりもずっと危険だったのです。道行く人が急に襲い掛かってきて、毛皮を剥いだりするような、そんな時代でした。(←カワウソ視点)
だから喋れるようになってからも、私はできるだけ人には近づかないように気を付けていたんです。そんな用心深い私ですが、これまでに三人だけ、言葉を交わした人間がいました。その最初の人が、親切にも私に字の読み書きを教えてくれたんです。
あれは、そう。どこか田舎のお寺に迷い込んだときです。そのお坊さんは滅多に人が来ない寂しいお寺で一人、毎日お経をあげて暮らしていました。いえいえ、人が来ないと言ってもお坊さんは村の人の家を良く訪ねていましたので、べつに暮らしに不自由している感じではありませんでしたから安心してください。
私も旅の途中で心細くなっていた時でしたし、ついつい暗闇からそのお坊さんに話しかけたのです。お坊さんは姿を見せずに声だけ聞こえることに最初はびっくりしていました。でもさすがに厳しい修行をされた方です。すぐに普通に言葉を交わしてくれるようになり、それからというもの毎晩いろいろなお話を聞かせてくれました。そんなある日、私は一つの決心をしました。もっと近くで話をしたくて、姿を見せることにしたのです。
なんとその時にお坊さんは、全然驚きもせずに『可愛いのう』と何度も言いながら、今まで通りに話し相手をしてくれたんです。そのお坊さんが私に文字を教えてくれたんですよ。
教えてくれた中には難しい漢字もありましたが、私にはゆっくりと覚える時間がありましたので、こうして今は何でも不自由なく読めるようになったのです。
次に言葉を交わした人の話も聞きたいですか?
ええ。もちろん話せます。長い話になりますが、そういえばシュートは今日はまだ勉強を少ししかしていませんので今から宿題をちゃんとした方がいいでしょう。話はその後に。でも少しお腹がすきましたね。シュートはお腹がすいていませんか?やっぱり先におやつを食べたいです。今日のおやつは……」
カワウソの過去について、そっとしておく必要はなかったようだ。
「私はおやつに小イワシが食べたいです。たしか冷蔵庫に入っていましたよね」
「そうだな。ちょうど三時だし、おやつにしようか」
「きゅいっ!」
「じいちゃーん、一緒におやつを食べよーう!」
【カワウソの過去 おわり】
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