高校生活㉔
クラスメイトの態度から、オレが男だったとばれたのは明瞭だった。
カラオケ店には伊藤がいた。素直に考えるなら伊藤がひなたと接触して、そこから広まったのだろう。親友とは言い難いけれど、ひなたは友達だった。ひなたがオレの秘密を言いふらすなんて考えたくない。
何かの間違いであって欲しいと思う一方で、事実としてオレのグループだった子たちも、クラスの女子も、一様にオレを無視するようになった
男子たちもオレに話しかけはしないけれど、明らかに好奇の目を向けてくる。木下達がひそひそ話をしながら、明らかにオレを見て笑っているのが、休み時間中にもわかった。
まるきり中学時代の再来だ。
でも、大丈夫だ。これぐらいは中学の時に慣れてる。
オレが近づくとあからさまにみんなが黙ったり、わざとらしく席から距離を取られる。その事にはお腹が痛くなるけれど、耐えられない程じゃない。
それに、中学の時とは違うことだってある。
「ちとせちゃん。一緒にご飯食べよう」
かえではこの敵だらけとも言っていい中で、堂々と声をかけてくる。
「うん」
教室で机を向かい合わせた。はじめて二人で教室でお弁当を食べる。
周囲から見たら、嫌われ者同士が手を組んだように見えるのだろうか。
実際そうなんだ。
今まで、かえでを人前で避けてきたのは、オレだって一緒だ。随分ムシのいい話だって、思うよ。
「美味しい。でもやっぱお肉いらなくない?」
箸でお肉だけ器用に避けてやがる、こいつ。
「じゃあ良いよ、私が食べるから。頂戴」
「じゃあ代わりにピーマンもらうね」
「こら」
手を伸ばそうとした彼女をきつく睨むと、にへらとふやけたような笑みを返された。
「わたしのお腹が空きますよ。いいんですか?」
かえでからお腹が空くなんて言葉が聞けることに、ちょっと感動する。ちゃんと食べるって習慣が少しずつ根付いてきたような……そうでもないような。お昼以外は相変わらずまともに食べてないみたいだし。
「良いよ。好き嫌いするほうが悪い」
「えー……ひどくない? だってピーマンの肉詰めから肉取ったらただのピーマンじゃん。ピーマンしかおかずがないんだよ。ピーマンでご飯が食べられますか? あ。食べられるや」
白ごはんを口に運びつつ、なにかに納得したみたいにうなずいてる。
「……さっきから何いってんだよお前は。もう、仕方ないな。半分上げるよ」
肉を抜いたピーマンと、横のトマトを移してやったら、満面の笑みを浮かべられた。
わかりやすいやつ。
「うへへ。優しいんだ、ちとせちゃん」
「甘やかしすぎかなあ」
そんなやり取りを、平気な風を装ってやっている。
オレは周囲の視線が気になって、正直なところ食事の味なんてしないのだ。
けれども彼女は気にもとめない様子で、普段どおりに話している。
今まで学校で避けてきたことなんてなかったみたいだ。
クラスメイトが今オレにやってる仕打ちと、オレが国領に取ってきた態度。
そこに違いなんてないんじゃないか。
そんなことを思った。
横目で窺ったひなたは、本当に楽しそうに、先輩と付き合い始めた話をしていた。
数日間。無視はありつつも、表面上は平穏な日々が続いている。ひなたも、オレに話しかけようとはしなくなった。
もともと嫌われ者だったかえでと、そこに加わったオレ。幽霊が二人になっただけの話だ。
大きな出来事といえば、文彦と別れたことぐらいだ。
深夜、ベッドで横になっていたら、文彦からラインが届いた。
『ちとせ。久しぶり。急にこんな話をしてごめん。色々考えたけれど、僕たちはしばらく別の道を歩くべきだと思う。僕は必ず戻ってくる。君を守れる男になってみせる。その時まで、どうか元気でいてね』
はっ、と鼻から変な笑いが出た。
虚脱感と、ほんの少しの寂しさだ。
文彦のことは、別に嫌いじゃなかった。
付き合いが続けば、オレが女として体を重ねる事もあったんだろうか。ふと、そんなことを思った。
だんだん人間関係が身軽になっていく。
オレの高校生活ってなんだったんだろうな。
ベッドで大の字になって天井を睨んだ。
普通になりたかったな。
それも、もう無理みたいだ。
文彦をブロックして、かえでへのメッセージを開いた。
『ひま』
それだけ送る。しばらく待ったけど、既読も付かないし当然返事はなかった。
時間も時間だし、もう寝てるんだろう。もしかしたら漫画でも書いているのかも。
かえではやりたいことがあって、人に染まらなくても平気だ。
寂しいな。普通でありたいとか、プライドとか、見栄とか、色んなものをはいでいけば、オレはいつもそれだけだ。男でも女でもどっちでもいい。何かになりたかったんだ。
「もう! なんなんだよ!」
枕に顔をうずめて、叫んだ。虚しいだけだった。
でも、大丈夫。オレは明日もちゃんと学校に行く。
無視されるぐらい、なんてことないんだから。
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