高校生活⑮
『ちとせちゃんどうしよう! 今度小川先輩と遊びに行くことになったよ!』
良かった。本当に。他人の恋愛が成就するっていうのはやっぱり嬉しい。
珍しく家に居る母とともに夕食を取っていたら、机の上においていたスマホのホーム画面が光って、微笑んだ。
返信は食べ終わってからだけど。意外とそういう事に厳しい母なのだ。
母。家族、かあ。
国領の父親似合ってから、どうしてももやもやが消えない。
親と離れて暮らす事情、とか。あの部屋を放置しておける親、とか。それでも会いに来る親、とか。
わかんない。国領のことなんてどうでもいいはずなんだけどな。
あれからあいつにお弁当を毎日作っている。
まるで動物の餌付けみたいだ。最初は結構残されていて、それでムキになって色々試しているうちに色々わかってきた。あいつは肉を食べないし、揚げ物も嫌いだ。
試行錯誤を重ねて、今では完食してくれるようになった。なんだあいつふざけたやつだ。
「ちとせ。ご飯の時にスマホ触るのはやめなさいっていつもいってるでしょ」
あ。やべ。悶々と考え込んでいたら、母に睨まれた。
「触ってないし。見てただけだし」
「屁理屈言わない。で? なに。笑ったかと思ったら難しい顔して」
本当、よく見てるよね。ため息交じりの、じっと目の奥を探るような目。
大人のこういう眼はちょっと居心地が悪いな。医者みたいな目だ。
「お母さん。子供と親って一緒に暮らすのが普通だよね?」
「あんた大丈夫? 最近よく怪我してるし、かと思えばお弁当を急に二人分作り出すし」
「文彦に作って上げてるの。色々あるんですよ。私だって」
「まったく。心配はしてるんだからね」
「うん。知ってる」
「そ。まあ……ね」またため息。今度は仕方ないなあって笑みの混じったものだった。「母親としては、親が側で愛情を注ぐべきだよって言うのが正しいのかなあ。だけど個人的にはケースバイケース。居ないほうがマシな親も居るっていうのが、ワタシの考え。ほら昔からよく言うでしょ。親はなくとも子は育つって」
「それって仕事の話だよね?」
「それもあるかな。どうしたのそんな事急に聞いて」
少し悩んで、ハンバーグに視線を落とした。
母にはできるだけ隠し事をしない。それがオレが父が出ていった時に決めたルールなのだけど、国領の事は純粋にどう伝えたらいいか分からなかったのだ。
「知人が、一人暮らしてるんだよね。女の子なんだけど」
「それで心配してるんだ」
「心配とかじゃなくて。なんか、うまく生活できてないっぽいから、それでも放っておける親の気持ちがわかんないなって。普通親なら心配するじゃん」
ああ。もやもやする。うまく言葉にできず、とりあえずハンバーグを食べた。美味しい。
「普通って理想と綺麗事だから。そうじゃない親だっていっぱいいるんじゃない? 親が子を愛することは普通で当然だっていうけど、この仕事しているとそれが幻想だって実感するわ」
「うげ。そんなこと、むす……めの前で言わないでよ」
息子。娘。一瞬迷ってしまった。もうどっちになるかは決めているのに。
「ワタシはあんたのこと息子だと思ってるよ。あんたが女だって言い張ろうがね」
母は笑いながら言った。
「…だから、その話はさんざんもうしたじゃん。今関係なくない?」
「んー。まあそうなんだけど。ワタシ、どんな姿でも君は君だよ的なの嫌いなのよね。男でも女でもどっちでも良いみたいなやつ。目の前に悩んでるちとせが居る。それなのにどれでも君だよってすっごい無責任。カメレオンかっての。
ワタシはちとせを男として生んだ。今でもワタシにはあんたが男に写ってる。それがワタシの普通」
偉そうに言ってるけど口にデミグラスソースついてる。このアラフォー。
「意味分かんないし。ずっと言ってるけど、私は女になりたいんだってば。違う。もうなってる」
「そうだね。こうやってさ、親子でさえ普通が違うんだよ。結局その程度のものなんだよ、普通なんて。それにね。どっちも選ばない道だってあると思うよ」
「親がそういう事言わないでよ。それこそ無責任。何かになれないのって一番しんどい道じゃん」
「それ言われちゃうと、何も言えないんだけどさあ」母はぐいっとビールを仰いでから、苦笑いまじりに言った。
「あんたさ、お弁当作ってる時本当に楽しそうだよ。その子に作ってるんでしょ。人間少し不幸で居たほうが楽だけど、それは面白くないよ。大変でも楽しいほうが正解に決まってるじゃない。だから、頑張れ。対立したらお母さんをぶっ飛ばしてでも進んでいけばいいと思うよ、うん」
「……だから意味わかんないって。酔ってる?――ごちそうさま。お風呂入ってくる」
皿を持って立ち上がった。心がザワザワして落ち着かない。
「ちとせ。親は居なくても子は育つけど、やっぱり支えてくれる人は必要だと思うよ」
母の声には振り返らず、シンクに皿をつけた。
あいつに完食させようと、色々考えた時間はたしかに楽しかった。
だからなんだって言うんだ。
男のことを好きにならないと、普通になれないのに。そんなの意味ないよ。
…
お風呂の洗面台の鏡に、服を脱いで体を写した。
少し釣りがちの目に、伸びてきてた黒髪。
あかりやひなたと比較すると、女性らしいとはちょっといい難いけど、それでも触ればおっぱいだってあるし、下だって女性だ。
「女じゃん。どうみたって」
いい加減見慣れすぎた女の体だ。最初は結構戸惑ったっけ。
洗濯機の上のスマホに着信があった。ひなたからだ。
『ねえ、ちとせちゃん聞いて! 小川先輩が国領さんも連れてきて欲しいって言ってるんだけど!』
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